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過失相殺と損益相殺等の前後関係-過失相殺対象損害範囲4

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平成23年 7月 3日:初稿
○しつこく「過失相殺と損益相殺等の前後関係-過失相殺対象損害範囲3」を続けます。私がとんでもない判決と確信する平成元年4月11日最高裁判決には、伊藤正己裁判官の実にまっとうな反対意見がありますので、随分長いものですが全文紹介します。私が,そうだ、そうだと共感できる部分は太下線にしております。

○要は、労災保険給付は、労働者保護のための社会保障的性格があり、労働者の過失の場合も保険給付がなされているのだから、交通事故による傷害の場合も、過失ある部分についての給付を認めて然るべきだと言うものです。「過失相殺と損益相殺等の前後関係-過失相殺対象損害範囲2」で整理した例では、Aの過失部分に当たり,本来損害賠償請求としては取れない200万円の部分も社会保障的性格を有する労災給付がなされて然るべきであり、そのためには控除後相殺説が正当だと言うものです。全く正当な論理と思うのですが。

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裁判官伊藤正己の反対意見は次のとおりである。 
 私は、上告理由第一についての多数意見に同調することができず、原判決は破棄を免れないと考える。その理由は次のとおりである。 

 労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、併せて業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とするものであり(法1条)、労災保険事業に要する費用に充てるための保険料は事業主から徴収されるが(法24条、労働保険の保険料の徴収等に関する法律15条等)、国庫は右費用の一部を補助することができることとされている(法26条)。

そして、法12条の2の2第1項は、労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、保険給付を行わないこととし、同条2項は、労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失等により、右のような負傷等又は事故を生じさせるなどしたときは、保険給付の全部又は一部を行わないことができるとし、もって、保険給付を制限する場合を限定している。

すなわち、法においては、使用者の故意・過失の有無にかかわらず、同項の定める事由のない限り、事故が専ら労働者の過失によるときであっても、保険給付が行われることとし、できるだけ労働者の損害を補償しようとしているということができる。

以上の点に徴すれば、労災保険制度は社会保障的性格をも有しているということができるのである。政府が労災保険給付をした場合に、右保険給付の原因となった事由と同一の事由について、受給権者の第三者に対して取得した損害賠償請求権が右保険給付の価額の限度において国に移転するものとされるのも、同一の事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしたにとどまり、第三者の損害賠償義務と実質的に相互補完の関係に立たない場合についてまで、常に受給権者の有する損害賠償請求権が国に移転するものとした趣旨ではないと解することも十分可能であるから、当然に法12条の4第1項の規定を多数意見のように解さなければならないものではないというべきである。 

 もとより、労災保険制度が社会保障的性格を有することなどから、直ちに、事故により被害を受けた労働者に過失がある場合に国が受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権のうちのいかなる部分を取得するかという問題を解決することはできない。

しかし、労災保険制度が社会保障的性格を有し、できるだけ労働者の損害を補償しようとしていることは、法12条の4第一項の解釈にも反映させてしかるべきである。右の観点からすると、政府が保険給付をした場合においても、第三者に対する損害賠償請求権の額と右保険給付の額とが相まって、右保険給付の原因となった事由と同一の事由による労働者の損害が全部填補される結果にならない限り、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権は国に移転しないと解することも考えられないではないが、そこまで徹底することには躊躇を感ずる。

私は、労働者に過失がある場合には、政府のした保険給付の中には労働者自らの過失によって生じた損害に対する填補部分と、第三者の過失によって生じた損害に対する填補部分とが混在しているものと理解し、第三者の損害賠償義務と実質的に相互補完の関係に立つのは、右のうち第三者の過失によって生じた損害に対する填補部分であり、したがって、国が取得する受給権者の第三者に対する損害賠償請求権も、第三者の過失によって生じた損害に相当する部分であると解するのが相当であると考える。

このように解すべきものとすれば、法に基づいてされた保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するに当たっては、右損害の額から右保険給付の価額を控除し、その残額につき労働者の過失割合による減額をする方法によるべきことになる。

法12条の4第1項が事故の発生につき労働者に過失があるため第三者に対する損害賠償請求権が損害額よりも少ない場合をも念頭において規定されたものであるとは思われない。

以上のような見解に対しては、損害賠償の理論からすれば、たまたま労災保険給付があったからといって賠償の総額が増えるのはおかしいとの批判がある。しかし、労災保険が純然たる責任保険と異なることは前記のとおりであるから、労災保険が給付される場合とこれが給付されない場合とで、受給権者の受領することのできる金額に差が生ずるのは当然のことであり、右の非難は当たらないというべきである。 

 以上のとおりであるので、私は、多数意見に同調することができない。本件において、国は、休業給付のうち、上告人の過失によって生じた損害に相当する部分については損害賠償請求権を取得する余地がなく、第三者である被上告人Yの過失によって生じた損害に相当する部分について損害賠償請求権を取得するにすぎないから、上告人の休業損害の額から減縮すべき額は後者に相当する部分にとどまるというべきである。 

 なお、不法行為による被害者に過失がある場合において、被害者の加害者に対する損害賠償額を定めるにつき、被害者の過失を斟酌するか否か、斟酌するとしてもどの損害につきどの程度斟酌するかということは、裁判所が具体的事案において諸般の事情を考慮し公平の観念に基づいて決定すべきものであり、裁判所の裁量に委ねられているというべきであるが(最高裁昭和27年(オ)第722号同30年1月18日第三小法廷判決・裁判集民事17号1頁、同昭和32年(オ)第877号同34年11月26日第一小法廷判決・民集13巻12号1562頁、同昭和三九年(オ)第328号同年9月25日第二小法廷判決・民集18巻7号1528頁参照)裁判所が被害者の過失を一定の割合で斟酌すべきであると判断した以上、過失相殺と労災保険給付の価額の控除の順序の誤りは法令の解釈適用の誤りに当たるというべきである。

したがって、原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるので、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、原審は上告人の未填補損害が皆無であるとして、弁護士費用相当の損害額につき判断しておらず、右の点について更に審理を尽くさせる必要があるので、本件を原審に差し戻すのが相当であると考える。 


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