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難聴に至るまで-鼓室形成手術の成功

平成17年 4月12日:初稿 平成17年 5月15日:更新
○暗い話ばかり続き恐縮ですが、今日は少し明るい話です。
手術した右耳は殆ど聞こえず、耳鳴りだけが大きくなったまま昭和51年8月初め東北労災病院を退院し、東北労災病院から紹介された当時気仙沼に開業したばかりのE耳鼻科で術後ケアの診察を受けると、「退院が早すぎる。3ヶ月は安静にしていなさい」と注意され、昭和51年8月5日に迎えた25歳の誕生日は、将来の見通しも無く鬱々とした気分で迎えました。

○しかし退院後1週間過ぎた当たりから様子が違ってきました。TVの音が前日より大きく聞こえ、日々聞こえが良くなってくることがハッキリ感じられるようになってきたのです。こうなると耳鳴りも小さくなってくるように感じます。これは嬉しくて嬉しくて、オーバーに言えば生きる望みが出てきたのです。

○退院後1ヶ月経過時に東北労災病院湯浅涼医師の診察を受けると結果は極めて良好で何ら問題がない、もう安静など必要なく水泳でもウエイトトレーニングでも何でもやって良いと自信タップリに仰います。確かに右耳聴力も手術前より10dbアップしていました。

○手術は成功でした。あれほど炎症を繰り返した右耳はその後今日まで全く炎症を起こしてません。不思議なことにその後は左耳滲出性中耳炎も起きなくなりましたが、年月の経過で両耳とも神経性難聴は進行しました。これは神の定めでどうしようもないものであり、補聴器利用で仕事が継続できることに感謝しています。

○手術成功で俄然元気が出てきました。昭和51年9月からは翌年の必勝を期して、毎朝5時30分に起きてパンツ1枚になり15分程かけて全身亀の子タワシで乾布摩擦をし、夕方は30分ほどウエイトトレーニングをし健康に十分に気をつけ受験勉強に邁進しました。

○乾布摩擦は、予備校時代に発症して大学現役時代に脱感作療法で退治するも気仙沼に帰ってから再発した喘息を退治するためのもので、1年間ほぼ毎日継続し、昭和52年春は中耳炎も喘息も全く起きず、体調万全で試験時期を乗り切り、その年の秋にようやく目的を達することが出来ました。

○右耳の耳鳴りはその後も完全には止まらず、昭和50年3月に発症してから現在まで実に30年間鳴り続けており、おそらく生涯止まらないと思われます。
しかしある時から全く気にならなくなりました。私同様に長い間耳鳴りに悩まされたある落語家の「耳鳴りと友達になった」と言う言葉に会ったときです。

○数年前から腰痛(鈍痛)も友達になっており、生来病弱な私は色々友達は増えそうですが、全て友達の精神でやっていこうと思っております

以上:1,056文字

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