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2013年09月16日発行第109号”弁護士の「俄」”

平成25年 9月17日:初稿
横浜パートナー法律事務所代表弁護士大山滋郎(おおやまじろう)先生が毎月2回発行しているニュースレター出来たてほやほやの平成25年9月16日発行第109号”弁護士の「俄」”をお届けします。

○余りというか、殆ど小説を読まない私は、読書家の大山先生のニュースレターが大いに勉強になります。今回の司馬遼太郎作「俄」も全く知りませんでした。畏敬する谷沢永一先生の著作は殆ど購入しており、その中に司馬遼太郎作品の話しが山のように出てきます。おそらくこの「俄」も、谷沢先生の著作を通じて、チラリと触りくらい目にしたことはあるはずです。しかし、全く覚えておりません(^^;)。

○「俄」の万吉親分のモデルは、大坂・堂島の質屋「明石屋」の長男として生まれた小林作兵衛氏とのことです。ウィキペディアでの解説によると、「1885年(明治18年)12月19日、堂島米相場などで築いた私財を投じて小松原町に『小林授産場』を開設。浮浪者や生活困窮者に教育・職業訓練をおこない、社会復帰・自立を支援した。また、病人や身体障害者も収容した。」、「晩年は、財産のほとんどを授産場の運営につぎ込んでしまい困窮したとも伝えられる。」と記載されています。

○如何にも任侠の親分さんと言う感じですが、世のため人のために尽くした人でもあるようです。感想文に
司馬作品はどれを読んでもおもしろいが、これは並はずれて愉快痛快な作品。
登場人物は皆いきいきと描かれ、特に万吉たちの大坂弁での会話の応酬は小気味よく、まるで漫才を見ているかのようなおもしろさがあります。生粋の大坂人、司馬遼太郎ならではの傑作長編だと思います。非常に月並みな表現ですが、読んでいて元気にさせられる、そんな作品でした。(中略)
最高の舞台に、最高の役者が揃った、最高の俄を、ぜひ一度味わってみてください。
と言うのがありました。私も文庫本を揃えるくらいはしようかとの気になりました。

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横浜弁護士会所属 大山滋郎弁護士作

弁護士の「俄」


 「俄」は、「にわか」と読みます。その昔、路上などで行われた即興芝居のことだそうです。司馬遼太郎の小説の題名でもあります。私の一番好きな司馬小説ですね。主人公は、幕末から明治にかけて活躍した、明石屋万吉という、任侠(ヤクザ)の親分です。この人は、吉田松陰や坂本竜馬のように「志」があるわけではありません。大村益次郎や秋山真之のような「智謀」の人でもありません。土方歳三や千葉周作みたいに「剣」に生きた人でもないんです! (司馬作品のオンパレードで済みません。)

 主人公の明石屋万吉は、それこそ即興芝居のように、その場その場で反応して生きてきました。本人の言葉を借りると、「わいの生涯は一場の俄や。」だそうです! それでいて、と言いましょうか、それだからと言いましょうか、とても魅力的な人なんです。

 万吉親分は、「男を売る」という「任侠稼業」のためには、命を懸けます。その場その場で、どういう芝居をすれば、「男」を売ることが出来るか、そのことだけを考えて生きています。そのためには、ときの権力と戦うことも辞さないのです!

 万吉は、子供のころ、「どづかれ屋」から始めます。博打の場に行って、お金を抱きかかえて「これはおれのものだ!」とやるわけです。当然ボコボコに殴られますが、みんな最後には根負けして、お金を取ることが出来るわけですね。もっとも、明石屋万吉の真似をした人たちは、みんな殴り殺されてしまったそうです。なんだかんだ言って、殺されずにお金をとれた万吉は、可愛げがあったということです。こういう「可愛げ」は、弁護士にも必要ですね!

 その後、明石屋万吉は、幕末に市中の取り締まりのような仕事をします。幕府側の為に働くわけですから、薩長の浪士を取り締まることになりますよね。ところが、万吉親分は反対に、そういう人たちを匿って逃がしてやるわけです。ところが、時代が変わり維新になると、浪士たちを取り締まったということで殺されそうになります。周りの人たちは、逃げるように勧めますが、本人は頑として拒否します。

 「稼業(しょうばい)大事や。逃げられへん」「死んで稼業もおまえへんやろ」「あほかい。もともとこの稼業は死ぬことが資本(もとで)で看板や。この土壇場になって逃げたとあれば稼業はめちゃくちゃや」「男」を売るのが「任侠」の商売なんですね。命が惜しいからと言って、自分の商売を捨てるわけにはいかないということです。

 処刑される寸前に、かつて自分が助けた長州の侍に助けられるんですけど、そのときのセリフも芝居じみています。「なんで俺たちを助けたと言わなかったのか?」と聞かれたときのセリフですね。
「忘れましたのでな」
「忘れたわけではあるまい」
「たとえ覚えていても、この場になって昔の恩をかたに、命乞いをしようとは思いまへん」

 うーん。カッコいいなあ!
 この辺のところは、弁護士としても本当に見習いたいなと思いました。弁護士も、場合によっては、「国家権力」とも、さらにはその時々の国民の「空気」とも戦う稼業です。「男」を売るとは言いませんが、絶対にぶれない「信用」を売る商売です。

 仮に将来、のっぴきならない立場に立ったとしても、私も明石屋万吉親分のように、「稼業(しょうばい)大事や。逃げられへん。」と言えるようになりたいものだと思ったのでした!

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◇ 弁護士より一言

明石屋万吉親分は、死ぬときもカッコいいんです!
司馬遼太郎先生の文章を引用します。
「辞世も遺言もない。『ほなら往てくるでえ』というのが、この男の最後の言葉だった。駅から汽車が出ていくような、そんな陽気さだった。」
ね、カッコいいでしょう! 私も、そのときが来たら、こんな言葉を残して逝きたいなと思ったのでした。

引き続きコメントを楽しみにしております。
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