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2011/ 5/16 第53号 女だけの町の株主責任

平成24年 2月29日:初稿
横浜弁護士会所属 大山滋郎弁護士作

 少し前に、「会社は誰のものか」なんて議論が流行りました。法律的にいえば、会社は株主のものだということになりそうなんです。法律家として質問されれば、私もそう答えます。しかし、以前から、会社が株主のものだということには、はっきりとした理由は分からないのですが、何となく違和感を覚えていたのです。

 「女だけの町」というのは、英国の女流作家ギャスケル夫人の代表作です。産業革命のころの、生き馬の目を抜くような資本主義の時代を背景に、現実には存在しない、田舎町の牧歌的な生活が書かれた小説です。今から、大体150年くらい前の小説ですね。主人公は、ミス・マティーという老嬢です。少し知能が足りないのではないかと思われるほど、とても気の良い人です。まあ現実には居そうもない人ですね。

 ミス・マティーは、わずかな金額の配当で暮らしているのですが、彼女が出資していた銀行が倒産してしまいます。一瞬にして無一文になってしまったわけです。

 そんなとき、ミス・マティーは、その銀行が発行しているお札を持っている人に、お店で会います。(当時の英国では、普通の銀行でも、お札を発行できたんですね。)しかしお店では、潰れた銀行が発行したお札は、当然のことですが受け取りを拒否します。

 それに対して、ミス・マティーは自分のわずかに残っている金貨で、そのお札を買い取ろうと申し出るのです。周りの人からは、そんなことをすることはないと止められるんですが、彼女は頑として譲りません。岩波文庫の、小池滋先生の訳文ですと、こんな感じですね。「正直言って、私には事業のことはわかりません。ただ、私にわかっているのは、もし銀行が倒産するとするならば、それでもし私たちのお札を受け取ったために、正直な人たちがお金をなくすのだとしたら・・・私には何と言っていいかわかりませんわ」ミス・マティーは、会社の所有者である株主として、自分の会社が迷惑をかけた人を救おうとしたわけです。

 全ての株主に、これだけの覚悟があるのならば、私としても、「会社は株主のものです。」と、自信を持って言えるのです!ここに至りまして、私の感じた違和感の原因が分かりました。つまり、責任や義務を伴わないでいて、所有者として権利を主張することへの違和感だったのだと思い至ったわけです。

 たとえば、今回の福島原発の件で、東京電力の株主の誰か一人でも、「こんな事態になってしまい、会社の所有者として責任を感じました。

 家を売ってでも被害者弁済にあてます。」なんて言っているとは思えないのです。まあ、仮に私が株主だとしても、そんなことは間違っても言いませんけれど。。。株主は有限責任なんだから、そんなのはあたりまえじゃないかと言われそうです。しかし、それならなおさら、会社が株主のものだというのは、変な気がします。

 自分のものだといえるのは、それから生じた良いことだけではなく、悪いことも全て引き受ける覚悟がある場合だけのように思えるのです。

 株主の権利を十分に守ることの必要性は否定できません。しかし、「会社は株主のものだ」という主張は、「企業の常識」からみても、おかしなものに感じられるのではないかな、と思うのでした。

 
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 弁護士より一言

 前回、仮面ライダーの映画を見に行ったことを書きましたが、ライダーに限らず、子供番組を一緒にみる機会が多いのです。そこに出てくるセリフに、本当に良いものがいっぱいあるのに感心しています。

 「何事もやってみる!やってみなければ何も始まらない!」「生きてさえいれば、幾らでも道は切り開けるのです。」なんていうのは、ヒーロー側のセリフですね。

 悪役たちだって負けていません。正義のヒーローに倒されたときのセリフが素晴らしい。

 「負けたから終わりなのではない。止めるから終わりなのでアール!」この覚悟で続けていけば、必ず最後は成功しますね。

 私も、子供番組で学んだことを実践したら、今よりはるかに立派な人になれるだろうな、と思ったのでした。

 (2011年5月16日第53号)
以上:1,642文字

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