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私が最も苦しんだ試験ー司法試験口述試験の想い出2

平成21年 9月 6日:初稿
「私が最も苦しんだ試験ー司法試験口述試験の想い出」に私の人生で最も苦しんだ司法試験口述試験の結果発表時の日記を掲載しましたが、以下、受験中の日記の一部備忘録です。

○私は、妙に几帳面なところがあり、試験中使ったお金の明細も全部記録していました(^^;)。平成21年から32年も前の話ですが、週刊誌が300円もして、余り変わりません。ビジネスホテルシングルの狭い部屋で一泊4840円もしていましたから、これも平成21年と余り変わりません。日本の物価安定度には改めて驚きました。

○しかし気になって、ネットで物価指数データを調べてみたら、日本銀行サイトの「昭和40年の 1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?」では、
              昭和52年    平成20年
企業物価戦前基準指数が、  670.8    737.5
国内企業物価指数接続指数が、116.0(s55)  108.8
消費者物価指数総合が、    1170.5   1806.6
持家の帰属家賃を除く総合が 1173.7   1787.0

でした。

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昭和52年9月14日(水)
6:00起床。司法試験管理委員会より、論文の合格通知並びに、口述の日程表が郵送されてきた。いよいよ最後の決戦である。

昭和52年9月24日(土)
6:00起床。午後4:00より、気仙沼市内のT弁護士事務所に行く。簡単な口述試問をしていただいた後、種々の注意を受けた。とにかく力んで前のめりにならぬことだという。帰りには餞別として一万円出されてびっくりした。

昭和52年9月25日(日)
朝8:40鹿折発。午後3:50上野着。姉夫婦に友人Aが迎えに来た。車で新宿のパークホテルへ。その後Aの案内で代々木のオリンピックセンターへ下見。ホテルから長く見積もっても30分で着く。ホテルの寿司屋で偶然隣に司試受験生らしき人が座っていたので声をかけるとやはりそうで、京大の5年生だという。それが偶然にも恩師Uさんに教えられた人だとのことで、世の中の狭さを感じた。食事3960円。宿泊代4万8400円(10泊分)。姉へ2万円。姉から5000円。交通費4170円。梨400円。テレビ200円。ジュース100円。週刊誌300円。

昭和52年9月26日(月)
5:00起床。5:20~6:20 7:30~8:30朝食。バイキング料理ー好きなおかずを自由にとって食べるもの。700円では安い。10:00~11:00 オリンピックセンターに視察に行く。昼食ホテルのレストランの定食500円。目薬、鏡等1180円。交通費120円。夕食ちらし寿司800円。

昭和52年9月27日(火)
6:00起床。洗顔。朝食800円。いよいよ口述試験初日である。緊張のせいか、今朝は5:00前に目が覚めた。レストランでは口述受験生らしい何人かの人が背広姿で、論文のときはどーのこーのと話をしていた。午前の部の人らしい。とにかく気楽にいこう。午後1:00試験室に入る。オリンピック記念青少年総合センター8号棟。商法は4階。中央入口。くじをひくと62番。なんと3組の1番。トップは落とさないというジンクスとたよりに覚悟を決めると気楽になる。各組のトップの4人のうちでも、最も早く呼び出しがかかった。試験官との距離は意外に近かった。2~3mくらいか。まず、耳の悪い点を述べてから試験開始。ところが今まで考えたことのない問題で、四苦八苦。終わった瞬間ダメだと観念。初日にして失敗。トップは落とさないというジンクスもある。とにかく明日から頑張ろう。夕食900円。コーラ110円。交通費120円。
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