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浴場入口段差つまずき転倒負傷事故安全配慮義務を否認した地裁判例紹介

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令和 1年11月10日(日):初稿
○「側溝蓋段差つまずき転倒負傷事故と道路管理瑕疵判断裁判例紹介」等に記載したとおり、通路管理者として通路の段差が工作物管理瑕疵責任の対象になるかどうか争いになっている事件を担当し、関連判例を色々調べて、参考になる判例を集めています。

○直接民法第717条工作物責任が問題になった事案ではありませんが、亡X1が、被告会社に対し、同社の経営する温泉施設で転倒したのは同社の安全配慮義務違反によると主張して、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案について判断した平成30年11月29日旭川地裁判決(判時2418号108頁)全文を紹介します。

○亡X1が訴訟係属中に死亡したことから、その子である4名が訴訟承継して原告X2及び原告X3を除いて本件訴訟から脱退し(24号事件)、また、原告X3が、亡X1の24号事件での請求債権を譲り受けたと主張して当事者参加し、被告会社に対し、その支払を求めました(166号事件)。

○判決は、「本件浴場入口には約8cmの段差があるが,段差があるからといって,その段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があるとはいえない。」、「浴場は,人が体を洗ったり,お風呂に入ったりする場所であるので,その入口付近では,体を洗った際の石鹸水等が流れ込んでくることもあれば,浴場と脱衣所の間の通路のバスマットは,浴場から出て来た人の体に付着した水分を吸い込むことで濡れていることがあると思われるが,浴場施設の利用者としてはそういったことがあることを想定し,転倒しないように注意して行動すべきであって,原告らが指摘する上記④,⑤の事情があったからといって,被告に,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があったとはいえない。」としてことごとく原告の主張を退け、請求を棄却しました。

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主   文
1 原告X2及び原告兼当事者参加人X3の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告X2及び原告兼当事者参加人X3の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 24号事件
 被告兼被参加人(以下「被告」という。)は,原告X2及び原告兼当事者参加人X3(以下「原告X3」といい,以上の原告両名を併せて「原告ら」という。)それぞれに対し,162万5000円及びこれに対する平成26年5月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 166号事件
 被告は,原告X3に対し,650万円及びこれに対する平成26年5月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 24号事件は,被告が経営する温泉施設(以下「本件施設」という。)において,亡X1(以下「亡X1」という。)が転倒した(以下「本件転倒事故」という。)ところ,亡X1が,被告に対し,被告の安全配慮義務違反により本件転倒事故が生じたとして,不法行為に基づき損害(一部)及び不法行為の日からの遅延損害金を求めていた事案である。
 亡X1は,訴訟係属中の平成28年5月16日に死亡し,その子である,B,A及び原告らの4名が亡X1の原告の地位を承継したところ(法定相続分は各4分の1である。),B及びAは,本件訴訟から脱退した。
 166号事件は,原告X3が,亡X1の24号事件での請求債権を譲り受けたと主張して当事者参加し,被告に対し,その支払を求める事案である。

1 前提事実
 以下の事実は,争いのない事実又は証拠(後掲のもの)若しくは弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。
(1) 当事者等
ア 亡X1は,昭和4年○月○日生まれの女性であり,本件転倒事故当時,85歳であった。
 B,A及び原告らは,いずれも,亡X1(母)と亡D(父)との間の子である。
イ 被告は,平成5年1月に○○という温泉施設(本件施設)を開設し,経営している。

(2) 本件施設の状況等
 本件施設の利用者が,本件施設の浴場(以下「本件浴場」という。)に行くには,脱衣場から浴場へとつながる通路(以下「本件通路」という。)を通ることになる(本件浴場と本件通路の位置関係について,別紙1(乙2の2枚目の館内見取図)参照)。
 本件通路には,スライドドア(対面して左側にスライドさせると開くドア)が浴場側と脱衣所側の2か所にあり,その間には吸水バスマットが数枚敷かれていた。
 本件浴場の入口部分には約8cmの段差があり,段差の浴場側部分には滑り止めのゴムマットが敷かれていなかった。
 (乙1ないし3)

(3) 本件転倒事故
 亡X1は,平成26年5月5日午後8時30分頃,本件浴場に足を踏み入れた際に足を滑らせて転倒した(本件転倒事故)。

第3 争点及び争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(被告の責任原因の有無)

(原告らの主張)
 被告は,本件浴場内で利用者が転倒しないよう,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷き,適切に床の状態を維持・管理するなどして入浴客が安全に浴場を利用できるようにする安全配慮義務を負っていたのにこれを怠った。具体的には,被告には,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたり,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたり,浴場内が滑りやすいことを注意したりする義務があったにもかかわらず,これらを怠っており,被告には過失がある。
 なお,原告にも過失があると考えるが,原告の過失は2割にとどまる。

(被告の主張)
 原告らの主張は,否認ないし争う。
 被告は,利用者が転倒防止のために自ら注意を払うことを前提として,転倒を防止することができる程度の対策を講じる義務を負うにすぎず,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたり,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたりする義務はない。
 また,被告は,本件浴場入口側にあるスライドドアの中央部分に「浴室内は,スベリますのでご注意願います。」との掲示を掲げるなど,利用者に対して転倒への注意喚起をしている。

2 争点(2)(損害の有無及び本件転倒事故との因果関係の有無)
(原告らの主張)
 亡X1は,本件転倒事故により,左足膝蓋骨骨折の傷害を負い,次の損害が生じた。
 (1) 治療費 10万7937円
 (2) 通院付添費・交通費 6万0360円
 (3) 休業損害 72万4416円(準備書面2では合計71万6184円とされているが,誤記と思われる。)
 (4) 入通院慰謝料 210万円
 (5) 逸失利益 149万1702円
 (6) 後遺障害慰謝料 300万円
 (7) 弁護士費用 74万8441円
 (8) 合計 823万2856円(請求額 650万円)

 (被告の主張)
 原告らの主張は,否認ないし争う。
 亡X1の症状と本件転倒事故との因果関係は不明である。

3 争点(3)(債権譲渡の存否)
(原告X3の主張)
 亡X1は,平成28年4月5日,亡X1の被告に対する24号事件における請求債権を,原告X3に対して譲り渡した。

(被告の主張)
 原告X3の主張は,不知である。

第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告の責任原因の有無)について

(1) 原告らは,被告には,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたり,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたりする義務があったのに,これらを怠った旨主張し,根拠として①本件浴場入口部分には相当程度の段差があり,その段差の浴場側の床タイルがすり減った状態であったこと,②他の温泉施設では,浴場入口付近に滑り止めのゴムマットが敷かれていること,③被告が,本件転倒事故後に,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたこと,④本件浴場入口部分にある段差の浴場側が石鹸水や水あか等で滞留した状態であったこと,⑤本件通路内のバスマットがびしょびしょに濡れていた状態であったことを挙げる。

 しかし,上記①については,本件浴場入口には約8cmの段差があるが,段差があるからといって,その段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があるとはいえない。
 また,床タイルについては,本件転倒事故が起こった時点で,本件施設の開設から約21年が経過しており,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルが一定程度すり減っていたと考えられるが,床タイルがすり減ったからといって滑りやすくなるとは認められない。さらに,仮にタイルがすり減った場合に滑りやすくなるとしても,ゴムマットを敷く等すべき義務が生じるほど,床タイルがすり減っていたと認めるに足りる証拠はない。


 上記②については,他の温泉施設で,浴場入口部分の浴場側に滑り止めのゴムマットが敷かれているからといって,被告も本件浴場入口部分にある段差の浴場側に滑り止めのゴムマットを敷く義務があったとはいえない。
 上記③については,証拠(甲8,乙3)及び弁論の全趣旨によれば,被告が,本件転倒事故後に,本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたことが認められるが,被告が本件転倒事故を受けて,再発防止のために床タイルに切り込みを入れたからといって,本件事故以前から,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があったことにはならない。

 上記④,⑤については,本件浴場入口部分にある段差の浴場側が石鹸水や水あか等で滞留した状態であったことや本件通路内のバスマットがびしょびしょに濡れていたことを認めるに足りる証拠はない。もっとも,浴場は,人が体を洗ったり,お風呂に入ったりする場所であるので,その入口付近では,体を洗った際の石鹸水等が流れ込んでくることもあれば,浴場と脱衣所の間の通路のバスマットは,浴場から出て来た人の体に付着した水分を吸い込むことで濡れていることがあると思われるが,浴場施設の利用者としてはそういったことがあることを想定し,転倒しないように注意して行動すべきであって,原告らが指摘する上記④,⑤の事情があったからといって,被告に,本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があったとはいえない。
 したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。

(2) 前記(1)以外にも,原告らは,被告には,浴場内で客が転倒しないよう,適切に床の状態を維持・管理するなどして入浴客が安全に浴場を利用できるようにする安全配慮義務を負っており,また,浴場内が滑りやすいことを注意したりする義務があったのにこれらを怠った旨主張する。

 しかし,証拠(乙1,3,6ないし8,30)によれば,被告は,本件転倒事故以前から,本件浴場入口側のスライドドアの右側ガラス戸に「浴場内は,スベリますので,ご注意願います。」という横書きの掲示板を,掲示していたことが認められる。そうすると,被告は浴場が滑りやすいことを注意しており,その点に関して,被告には注意義務違反はない。その他,被告に安全配慮義務違反があったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。

(3) 以上によれば,本件転倒事故につき,被告に安全配慮義務違反があったとは認められない。

2 よって,その余の争点を検討するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これらを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
 旭川地方裁判所民事部
 (裁判官 濱岡恭平)
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