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佐村河内守氏対プロモーション会社間訴訟第一審判決紹介1

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平成30年 2月14日(水):初稿
○「著作者人格権の譲渡禁止の趣旨とゴーストライティング契約の有効性1」で紹介していた佐村河内守氏が被告となった訴訟があり、第一審平成28年12月15日大阪地裁判決(裁判所ウェブサイト)が出ていました。

○要旨は、被告が全ろうの中自ら作曲したと発表していた楽曲につき、被告の説明が真実であると誤信して当該楽曲を利用する全国公演の実施を求めたプロモーション会社の原告に対して、被告の説明が虚偽であることを隠し続けて多数回の実施を強く申し入れたことにより、原告が多数の全国公演を実施することとなったが、被告の虚偽説明等が公となり原告が上記公演を実施できなくなり、約6131万円損害を被ったと主張し、不法行為損害賠償請求の支払を求めたものです。

○これに対し、佐村河内氏も、原告プロモーション会社に対し、原告が企画・実施した全国公演において被告が著作権を有する楽曲を利用しており、その利用の対価を支払う義務があることを当然に知りながらこれを支払わないでその使用料相当額の利得を得ており、これにより著作権者である被告が同額の損失を被ったとして、不当利得返還請求に基づく使用料相当額約731万円の返還の支払を求めた反訴請求をしました。その結果は、いずれの主張も一部認められ、双方控訴していました。

○先ず第一審平成28年12月15日大阪地裁判決(裁判所ウェブサイト)全文を数回に分けて紹介します。佐村河内氏には約5677万円、プロモーション会社には約410万円の支払が命じられ、実質、佐村河内氏の敗訴でした。

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主   文
1 被告は,原告に対し,5677万8421円及びこれに対する平成26年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告は,被告に対し,410万6459円及びこれに対する平成27年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,本訴・反訴を通じてこれを10分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴

 被告は,原告に対し,6131万0956円及びこれに対する平成26年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 反訴
 原告は,被告に対し,730万8955円及びこれに対する平成26年2月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1)本訴

 原告が,被告に対し,被告が,全ろうの中自ら作曲したと発表していた楽曲につき,被告の説明が真実であると誤信して当該楽曲を利用する全国公演の実施を求めた原告に対してその実施を許可し,さらに,その後も,被告の説明が虚偽であることを隠して多数回の実施を強く申し入れたことにより,原告が多数の全国公演を実施することとなったが,被告の虚偽説明等が公となり原告が上記公演を実施できなくなったことにより多額の損害を被ったと主張し,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金6131万0956円及びこれに対する不法行為日後の平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)反訴
 被告が,原告に対し,原告が企画・実施した全国公演において被告が著作権を有する楽曲を利用したのであるから,その利用の対価を支払う義務があることを当然に知りながらこれを支払わないでその使用料相当額の利得を得ており,これにより著作権者である被告が同額の損失を被ったとして,民法704条に基づく不当利得返還請求権として,使用料相当額730万8955円の返還及びこれに対する平成26年2月3日(最終公演日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,以下,証拠については,枝番号の全てを含むときは,その記載を省略する。)
(1)当事者

 原告は,国内外音楽の普及及び振興,外国及び国内芸能家の演奏会の企画,立案,構成,演出,音楽関係書籍の出版,販売等を目的とする株式会社である。
 被告は,作曲家として,原告に対し,その作曲したとする楽曲について利用許諾をしていた者である。

(2)本件に至る経緯
ア 被告は,平成20年頃から,聴力を失いながら作品を生み出した作曲家として新聞,雑誌,テレビ等に取り上げられるようになり,平成23年,被告が作曲したとする交響曲第1番「HIROSHIMA」(以下「本件交響曲」という。)のCDが発売された。本件交響曲のCDは,その後もテレビ等で取り上げられるなどして,クラシック音楽としては異例の枚数を売り上げる大ヒットとなった。

イ 原告は,被告及び本件交響曲の評判を聞き,平成25年3月頃,同曲の全国ツアー等を手掛けたいと考え,被告に対し,これを提案した(甲1)。その後,原告及び被告間での交渉を経て,原告は,本件交響曲の全国ツアー(以下「本件交響曲公演」という。)として,同年6月から平成26年にかけての別紙公演目録記載1の公演を企画し,そのうち同年2月2日までの,別紙公演目録記載1(1)の14公演を実施した。

ウ 原告は,平成25年5月頃以降,被告が作曲したとするピアノ・ソナタ第1番及び同第2番(以下「本件ピアノソナタ」という。)の別紙公演目録記載2の公演(以下「本件ピアノ公演」といい,本件交響曲公演と併せて「本件公演」という。)を企画し,開催が予定されていた同年9月から平成26年にかけての公演のうち,平成25年10月26日までの,別紙公演目録記載2(1)の3公演を実施した。

エ 被告は,平成26年2月2日夕方頃,原告に対し,P2が被告のゴーストライターを18年間やっていたことを告白しているなどの内容を記載した,週刊文春の記者から被告宛てのメールを転送した(甲30)。
 被告は,翌3日,原告に対し,上記メールの内容が真実であり,迷惑をかけたことをわびる旨のメールを送った(甲31)。

 原告は,同日,文藝春秋「週刊文春」編集部から,被告が,本件交響曲を含む楽曲を別の作曲家であるP2に作曲を依頼していたのに,自ら作曲したと偽って発表していること,作曲はおろか譜面すら読むことができないこと,全ろうではなく聞こえているのではないかとの疑いがあること等が記載され,これらについての原告の認識を問いただす内容の「取材のお願い」と題する書面をファックスで受け取った(甲33)。

オ 被告は,同月5日未明,弁護士を通じ,別の人物に作曲をさせていたことを認める文書を報道機関にファックスで送付した。これを受けて,日本放送協会(NHK)は,同日朝のニュース番組等で,被告が別の人物に曲を作らせていたことを伝え,これまでの同社の番組の制作過程において被告が作曲していないことに気付くことができなかったことについて視聴者等に対しておわびをするなどした。(甲35)

 P2も,報道各社に対し,被告のゴーストライターを18年間やっていたことを認め,これをわびる書面を送付し,同月6日には,会見を開いた。被告の楽曲を別人が作曲していた事実が同日の全国紙でも報道され,同日に発売された週刊文春には,ノンフィクション作家P3及び同誌取材班による「全聾の作曲家はペテン師だった!ゴーストライター懺悔実名告白」と題する記事が掲載された。(甲36,甲37,甲171)

 また,一般社団法人日本音楽著作権協会(以下「JASRAC」という。)は,同月5日,著作権の帰属が明確になるまで,被告の著作物となっている作品の利用許諾を保留するとの声明を出した。また,楽譜管理会社は,同月8日頃までに,本件交響曲の楽譜の貸出しを中止した。(甲36,甲137,甲181,甲182)

カ 原告による本件公演の中止
 原告は,本件公演を実施できないと判断し,その後に予定していた別紙公演目録記載1(2)の本件交響曲公演10公演及び同記載2(2)の本件ピアノ公演4公演を全て中止し,販売済みチケットの払戻しをすることとした(甲137)。

(3)著作物の使用料の支払
 原告は,実施済みの本件公演における本件交響曲及び本件ピアノソナタ(以下「本件楽曲」という。)の演奏に関し,その使用料を支払っていない。

(4)本件本訴の提訴と訴訟告知
 原告は,平成26年10月6日に本件本訴を提起し,被告は,平成27年2月16日,P2に対する訴訟告知を申し立て,同訴訟告知書は,同月20日にP2に送達された。

3 争点
(本訴)
(1)被告による不法行為の成否(争点1)
(2)原告の損害額(争点2)

(反訴)
(3)被告には本件楽曲に係る損失があるか(争点3)
(4)原告の利得額(争点4)


4 争点についての当事者の主張
(1)争点1(被告による不法行為の成否)について

【原告の主張】
ア 被告は,本件楽曲を自らが作曲した作品であると偽って発表し,また,その作曲に至る経緯について,被告が平成11年頃に全ろうとなり,その後,抑うつ神経症,不安神経症,頭鳴症,耳鳴り発作,重度の腱鞘炎などに苦しみつつ,絶対音感を頼りに作曲活動をして,これらの曲を完成させたとの虚偽説明をしていた。そして,原告は,このような被告の虚偽説明等を真実であると誤信して,被告作曲の本件楽曲の各全国ツアーの許可を求めたところ,被告は,原告がそのような誤信をしていることを知りながら,上記の被告の説明が虚偽であることを隠して,本件交響曲公演の実施を許可し,さらに,その後,被告は,上記の被告の説明が虚偽であることを隠して,本件交響曲公演を30公演実施するように強く申し入れて原告に実施を約束させた。また,被告は,本件ピアノ公演を50公演実施するよう強く申入れて原告に実施を約束させ,本件ピアノ公演の実施に深く関与し続けた。
 以上の被告の行為は,明らかに不法行為を構成する。

イ 被告の聴覚障害については,不知。P2は,聞こえないと感じたことはないと述べている(甲171・2枚目)。
 被告に絶対音感がなかったことは被告自身が認めているところ(甲172・2,7頁),絶対音感なくして被告が主張するような作曲活動はありえない。

ウ 本件楽曲が共同著作物であるとの主張について
(ア)被告は,自らが書いたという「指示書」(乙6,乙9)を図形楽譜に相当するものであるなどとして,本件楽曲が被告とP2との共同著作であると主張する。
 しかし,図形楽譜とは,20世紀のいわゆる前衛的な作曲技法の一つであり,伝統的な記譜法(五線譜)には収まりきらない音楽創作の手段の一つとして考案されたもので,その演奏には,演奏家の解釈が深く関与し,一回性の即興的要素を大きく伴うものである。
 したがって,図形楽譜の表現内容を,伝統的な五線譜を用いて著作者の意図を正しく表現できるのであれば,わざわざ図形楽譜という不確定な要素を含む手段をとる必要性がなく,初めから著作者が五線譜で作曲すればよいのであり,また,本件楽曲が,被告の図形楽譜を忠実に譜面化して創作されたものという被告の主張は,図形楽譜という作曲技法が内包する不確実性と大きく矛盾するもので,そもそも失当である。

(イ)また,「指示書」が,被告の著作物(図形楽譜)であるならば,P2の「仕事」は,「解釈の一つ」として公開すべきであるが,そのような主張はこれまで一切聞かれない。そもそも,被告は,いわゆる前衛的な「現代音楽」に反旗を翻し,古典派からロマン派に至る伝統的な調性音楽の復権を度々主張し,本件楽曲もそれに基づいていると述べているところ,そのような主張と,前衛的作曲技法である図形楽譜は全く相容れないもので,被告の作曲家としての芸術性の根幹に関わる大きな矛盾である。このことは,被告が,自らが本件楽曲の共同著作者であるとの主張をするために,そもそも作曲行為とはいえない「指示書」を,今になって,著作物性のある図形楽譜であると強引に主張しているものにすぎないことを示すものである。

(ウ)さらに,被告によると,「指示書」はP2に手渡され,被告の手元には残っていないとのことであるが,作曲家が,自分の作品とする図形楽譜を管理不十分なままにすることなど到底考えられず,被告が「指示書」を「作品」であると認識していなかったことを示すものである。また,被告は,楽譜の読み書きができないのであるから,P2が「指示書」を忠実に譜面化したと主張する本件楽曲を,楽譜が納品された段階では全くチェックできないし,仮に,被告が主張するような耳の不自由な状態が続いていたならば,演奏された音を聴いてのチェックすら,できなかったことになる。

(エ)以上から,本件楽曲の「指示書」が図形楽譜であり,著作物性があるという被告の主張は,何ら根拠がなく,到底認められない。
 被告の本件楽曲に対する関与は,せいぜい音楽プロデュースというべき範疇にすぎない。作曲家の自由な芸術的発露としての創作活動とは異なり,プロデューサーからの委嘱による作曲の場合(多くは商業音楽),言葉や図形を使って,プロデューサーが,発注者の立場として,作曲家に求める音楽のイメージを伝えるのは,日常の姿である。本件楽曲の「指示書」は,プロデュースの範囲に含まれることはあっても,断じて作曲とはいえない。

【被告の主張】
ア 原告の主張する,本件楽曲の作曲者の表示に偽りがあること及び本件楽曲の作曲に至る経緯につき虚偽説明をしたことは,いずれも否認する。

イ 被告は,原告に対して本件楽曲の利用を許可した事実はないが,原告の主張によったとしても,本件楽曲の利用許可という点以外,本件楽曲の利用の対価としての使用料,本件楽曲の利用条件等について何ら具体的な取り決めもなく,原告が主張する不法行為の前提状況に関して,被告の真実保証の表明など合意されていない。原告と被告との間では,本件楽曲に関する明確な著作物利用契約まで成立したとはいえないような状況にあったのであるから,契約上の義務としての告知義務を導くことはできず,あるとしても,例えば,被告が本件楽曲の著作権を有していないなど,本件楽曲を利用する上で必要不可欠な事項に限られるというべきである。実際,原告においても,被告に対し,何らかの事実確認をしたということもないのであるから,被告において,何らの告知義務違反もない。

 被告が原告との間の契約書(乙1,乙2)に署名押印しなかったのは,原告が被告に対し,JASRACと原告の間の包括的利用許諾契約において著作物の利用に関する報告書提出等の義務があるところ,JASRACに対する使用届を提出せずに被告との間で別途著作物の使用料の支払をするなどといった提案に不信感を抱いたためである。原告側の負担である著作物の使用料については被告との間で何らの合意もできていなかった。

ウ 被告の聴覚障害
 被告は,平成11年頃,ほぼ全ろうに近い状態となり(乙10),その後,少しずつ聴力が戻ってきたものの,聴覚障害者であったという状況に変わりはなく,そのような状況の中で作曲活動も行っていた。原告から本件楽曲の利用許可を求められた平成25年当時も,中等度以上の感音性難聴であった(乙11)。

 いずれにしても,聴覚障害のレベルに変化があったとしても,本件楽曲の利用許可とは何ら関係のない事柄であるから,被告において積極的に原告に話さなかったとしても,そのこと自体が不法行為法上の告知義務違反を構成し,原告に対する違法行為になるなどとは到底いえない。

エ 本件楽曲が共同著作物であること
 本件楽曲は,以下のとおり,被告とP2が共同して創作活動を行ったことにより制作された共同著作物である。
 したがって,共同著作物である本件楽曲につき,被告とP2の合意の下,被告を作曲者として表示したことは何ら違法なことではない(著作権法64条3項)。著作者人格権としての氏名表示権についても,著作者がその氏名を表示しない権利も含まれており,このような合意は有効であり,被告は,P2との合意に基づきP2の氏名を表示しなかっただけのことである。

(ア)本件交響曲
 本件交響曲について,被告は,「図形楽譜」に相当する本件交響曲の構造図を作成し,P2は,当該構造図による具体的な指示を忠実に再現するなどして,本件交響曲を譜面化したものである(乙6,乙7)。この構造図は,単に抽象的な曲風を指示したものではなく,本件交響曲の全体構想,各場面に関する全体の時間配分,各場面に関する抑揚,主調,時間等に関する詳細な図形指示,各場面に関するテーマ別の曲調,主題の指示,各場面に関する調性音楽・現代音楽の比率,協和音・不協和音の割合などの曲風,曲調に関する具体的指示及び当該楽曲に付ける曲名について,具体的かつ詳細な指示がなされているものである。

 被告は,それだけでなく,本件交響曲の一部についてシンセサイザーでメロディーを作成してこれをMDに録音し,P2に提供もしており,さらに,本件交響曲が完成するまでの間に,被告は,P2との間で制作に関して詳細なメールのやり取りもしていた。

(イ)本件ピアノソナタ
 本件ピアノソナタについても,全体構造,曲調・主題,時間配分等に関して被告が作成した詳細な指示書に基づき作成されたものである(乙9)。したがって,本件ピアノソナタについても,被告とP2が共同で創作したものであることは明らかである。

オ 以上から,被告が,原告の求めに応じて本件楽曲の利用を許可しようとした行為に違法性はない。
以上:7,278文字

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