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忘れられる権利とは-ノンフィクション『逆転』訴訟・上告審判決紹介

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平成29年 1月15日(日):初稿
○「忘れられる権利とは-某前大臣30年前の犯罪報道雑感」の続きで、ある者の前科等にかかわる事実が著作物で実名を使用して公表された場合における損害賠償請求の可否について判断した平成6年2月8日最高裁判決(判タ933号90頁、判時1594号56頁)全文を紹介します。

○「忘れられる権利とは-某前大臣30年前の犯罪報道雑感」で「公益の代表である政治家に『忘れられる権利』なんてないんだとの強い反論も予想されます。」と記載していましたが、やはり、平成6年2月8日最高裁判決でも「その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。」とされていました(^^;)。昭和41年6月23日最高裁判決も勉強します。


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主  文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理  由
 上告代理人大塚喜一、同四ノ宮啓及び上告代理人木村壮、同長谷川幸雄、同佐藤博史、同虎頭昭夫、同黒田純吉、同弊原廣、同後藤昌次郎、同四ノ宮啓、同大塚喜一の各上告理由について
一 被上告人の請求は、上告人の著作に係る「逆転」と題する出版物(以下「本件著作」という。)で被上告人の実名が使用されたため、その刊行により、被上告人が後記の刑事事件につき被告人となり有罪判決を受けて服役したという前科にかかわる事実が公表され、精神的苦痛を被ったと主張して、上告人に対し、慰謝料300万円の支払を求めるものである。

二 これに対して、原審は、概要、後記1ないし3の事実関係を確定した上、要するに、本件著作が出版されたころには、被上告人は、右の事実を他人に知られないことにつき人格的利益を有し、かつ、その利益は、法的保護に値する状況にあったというべきところ、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用してその前科にかかわる事実を公表したことを正当とする理由はなく、また、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用しても違法でないと信ずることに相当な理由もないとして、上告人の被上告人に対する不法行為責任を認め、本件請求を慰謝料50万円の支払を求める限度で認容した一審判決を正当とし、上告人の控訴を棄却した。

1 本件著作は、昭和39年8月16日午前3時ころ、当時アメリカ合衆国の統治下にあった沖縄県宜野湾市普天間で発生した被上告人ら4名とアメリカ合衆国軍隊に所属するウィリアムス一等兵及びオズボーン伍長との喧嘩が原因となって、ウィリアムスが死亡し、オズボーンが負傷した事件につき、被上告人ら4名が、同年9月4日、アメリカ合衆国琉球列島民政府高等裁判所の起訴陪審の結果、ウィリアムスに対する傷害致死及びオズボーンに対する傷害の各罪(適条は我が国の刑法205条及び204条による。)で起訴され、陪審評議の結果、ウィリアムスに対する関係では、傷害致死の公訴事実については無罪であるが、これに含まれる傷害の公訴事実については有罪、オズボーンに対する関係では、無罪であると答申され、同年11月6日、ウィリアムスに対する傷害の罪で、被上告人ほか2名が懲役3年の実刑判決、他の1名が懲役2年、執行猶予2年の有罪判決を受けた裁判を素材とするものである。

2 被上告人は、本件裁判で服役し、昭和41年10月に仮出獄した後、沖縄でしばらく働いていたが、本件事件のこともあってうまくいかず、やがて沖縄を離れて上京し、昭和43年10月から都内のバス会社に運転手として就職した。被上告人は、その後、結婚したが、会社にも、妻にも、前科を秘匿していた。本件事件及び本件裁判は、当時、沖縄では大きく新聞報道されたが、本土では新聞報道もなく、東京で生活している被上告人の周囲には、その前科にかかわる事実を知る者はいなかった。

3 上告人は、本件裁判の陪審員の1人であったが、その体験に基づき、本件著作を執筆し、本件著作は、昭和52年8月、株式会社新潮社から刊行され、ノンフィクション作品として世上高い評価を受け、昭和53年には大宅賞を受賞した。

三 所論は、前記の理由で上告人の被上告人に対する不法行為責任を認めた原判決には、憲法違反、判決に影響を及ぼす法令違反、理由不備ないし理由齟齬の違法があるというので、以下、検討する。
1 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁参照)。

 この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。

 もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(最高裁昭和55年(あ)第273号同56年4月16日第一小法廷判決・刑集35巻三号84頁参照)。

 さらにまた、その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。

 そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。
 要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。

 なお、このように解しても、著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。けだし、表現の自由は、十分に尊重されなければならないものであるが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、前科等にかかわる事実を公表することが憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして不法行為責任を追求される余地がないものと解することはできないからである。この理は、最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁の趣旨に徴しても明らかであり、原判決の違憲をいう論旨を採用することはできない。

2 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに12年余の歳月を経過しているが、その間、被上告人が社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に照らせば、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたことは明らかであるといわなければならない。しかも、被上告人は、地元を離れて大都会の中で無名の一市民として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。

 所論は、本件著作は、陪審制度の長所ないし民主的な意義を訴え、当時のアメリカ合衆国の沖縄統治の実態を明らかにしようとすることを目的としたものであり、そのために本件事件ないしは本件裁判の内容を正確に記述する必要があったというが、その目的を考慮しても、本件事件の当事者である被上告人について、その実名を明らかにする必要があったとは解されない。本件著作は、陪審評議の経過を詳細に記述し、その点が特色となっているけれども、歴史的事実そのものの厳格な考究を目的としたものとはいえず、現に上告人は、本件著作において、米兵たちの事件前の行動に関する記述は周囲の人の話や証言などから推測的に創作した旨断っており、被上告人に関する記述についても、同人が法廷の被告人席に座って沖縄へ渡って来たことを後悔し、そのころの生活等を回顧している部分は、被上告人は事実でないとしている。その上、上告人自身を含む陪審員については、実名を用いることなく、すべて仮名を使用しているのであって、本件事件の当事者である被上告人については特にその実名を使用しなければ本件著作の右の目的が損なわれる、と解することはできない。

 さらに、所論は、本件著作は、右の目的のほか、被上告人ら4名が無実であったことを明らかにしようとしたものであるから、本件事件ないしは本件裁判について、被上告人の実名を使用しても、その前科にかかわる事実を公表したことにはならないという。しかし、本件著作では、上告人自身を含む陪審員の評議の結果、被上告人ら4名がウィリアムスに対する傷害の罪で有罪と答申された事実が明らかにされている上、被上告人の下駄やシャツに米兵の血液型と同型の血液が付着していた事実など、被上告人と事件とのかかわりを示す証拠が裁判に提出されていることが記述され、また、陪審評議において、喧嘩両成敗であるとの議論がされた旨の記述はあるが、被上告人ら4名が正当防衛として無罪であるとの主張がされた旨の記述はない。

 したがって、本件著作は、被上告人ら4名に対してされた陪審の答申と当初の公訴事実との間に大きな相違があり、また、言い渡された刑が陪審の答申した事実に対する量刑として重いという印象を強く与えるものではあるが、被上告人が本件事件に全く無関係であったとか、被上告人ら4名の行為が正当防衛であったとかいう意味において、その無実を訴えたものであると解することはできない。

 以上を総合して考慮すれば、本件著作が刊行された当時、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、本件著作において、上告人が被上告人の実名を使用して右の事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、その前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは解されないから、上告人は、被上告人に対する不法行為責任を免れないものというべきである。

3 以上説示したとおり、上告人の被上告人に対する不法行為責任を認めた原審の判断は、正当として是認することができ、所論は採用することができない。
 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫)

以上:5,212文字

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