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元首相対現首相の名誉毀損訴訟平成27年12月3日東京地裁判決全文紹介5

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平成28年10月18日:初稿
○「元首相対現首相の名誉毀損訴訟平成27年12月3日東京地裁判決全文紹介4」の続きです。

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3 争点(2)(真実性又は相当性の抗弁)について
(1) 判断枠組み

 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

(2) 本件記事の趣旨とその公共性,公益性
 前記2(1)のとおり,「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,当時,野党の国会議員であった被告が,現職の内閣総理大臣であった原告の本件事故の対応を批判したものであり,
①東京電力が3月12日午後7時04分に1号機の原子炉容器内に海水注入を開始した後,これを官邸に報告したところ,原告が「俺は聞いていない」と激怒したこと,
②官邸から東京電力に対して電話があり,東京電力は午後7時25分に海水注入を中断したこと,
③実務者,識者が原告を説得し,午後8時20分に海水注入が再開されたこと,
④中断前の海水注入は「試験注入」であるとされたこと,
⑤海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したこと
の各事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきであること
との意見ないし論評を述べ,原告の内閣総理大臣としての資質を問題とし,その政治責任を追及するものというべきである。

 一方で,前記第2の1(7)のとおり,本件記事が発信された後の5月26日,東京電力は,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,中断したとされた海水注入が継続していた事実が明らかになった。

 本件記事は,このことが明らかになる前に発信されたものであり,海水注入が中断された旨の記載がされているが,本件記事の主題は,内閣総理大臣であった原告に東京電力において開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあったことを批判し,本件記事の見出しのとおり,原告の指示によって海水注入が開始されたとの官邸の発表が事実に反することを問題にしたものというべきである。
 そして,本件記事は,上記のとおり,野党の国会議員であった被告が,本件事故の対応をめぐって,原告の内閣総理大臣としての資質を問題とし,その政治責任を追及するものであるから,本件記事の掲載が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあることは明らかである。


(3) 摘示事実の真実性について
ア 原告は,本件会議では,淡水が切れたら海水を注入するということを当然の前提としており,東京電力の職員から海水注入の準備が整うまでに1時間半ほどかかるとの説明がされたため,原告は,B委員長を始めとする原子力安全委員会や保安院,東京電力の職員らに対し,海水注入の準備が整うまでの間に海水注入に伴う塩による腐食の問題を検討するように言ったにすぎないとし,再臨界の問題は,これとは別に本件会議においてB委員長が再臨界の可能性があるとの趣旨を述べたため,上記検討と併せて再臨界の問題についても検討することを求めたものであり,同席者の中には,原告の再臨界の問題に関する質問が海水注入との関係でなされたと誤解した者がいたかもしれないが,それは原子力ないし理系の知識を有していない故の誤解である旨主張し,原告の陳述書(甲19)にはこれに沿う陳述部分がある。

イ しかしながら,本件事故の発生により,我が国はかつて経験したことのない非常事態に陥ったものであり,これに対し,内閣総理大臣であった原告が強力なリーダーシップを発揮しようとしたことは,前記1(4)アのとおり,A大臣が原子力緊急事態宣言の発令を求めた際に原告の理解を得るのに時間がかかったと述べ,E補佐官が原告は判断を人に任せる性格ではないと述べていること,さらには,前記1(1)ア,(5)イのとおり,原告が本件事故発生の翌朝には自ら福島第一原発に赴いてD所長と面会し,国会事故調の報告書において,原告は,「過酷な条件下で事故対応に専念していたD所長らに対し,ベントが実施されないことなどについて,いら立ちをぶつけた」と報告されていることからもうかがわれるところである。

 そして,前記1(4)イのとおり,本件会議に参加したA大臣,E補佐官,G秘書官及びCフェローは,海水注入を行うことを原告に報告したところ,原告から再臨界の可能性はないのかと質問されたと述べ,原告の質問の趣旨を海水注入によって再臨界するおそれがないかと問うものであると理解したものと認められ,同席したB委員長が原告の気迫に押されて再臨界もあり得ると答えてしまったため,E補佐官及びG秘書官は,このままでは海水注入ができなくなってしまうと懸念し,散会した後,改めて海水注入しても再臨界するおそれがないことを説明することにしたことが認められる。

 また,前記1(2)ウ,(4)イ(ア)のとおり,Cフェローは,「いつ海水注入ができるかということは,今後総理に早く御判断いただくために非常に必要なこと」であり,「最高責任者である総理の御理解を得て事を進めるということは重要だ」と考え,本件会議後の午後7時25分頃,注入開始時刻の目安を把握するため,福島第一原発のD所長に電話をかけたところ,既に海水注入を開始していると知らされてこれに驚き,D所長に対し,官邸で海水注入の了解が得られていないとして海水注入を停止するよう求め,納得しないD所長に対し,「おまえ,うるせえ,官邸が,もうグジグジ言ってんだよ。」などと声を上げたこと,東京電力の本店対策室も,D所長に対して海水注入の停止を指示したことから,D所長は,表向きこれを受け入れる旨返事をしたが,実際にはこの指示には従わず,密かに海水注入を続けたため,実際には海水注入が中断されることはなかったことが認められる。

 以上の点について,政府事故調は,「東京電力本店やD所長が必要と考えていた措置が官邸からの助言に沿わないことがあり,その場合には,東京電力本店やD所長は,官邸からの助言を官邸からの指示と重く受け止めるなどして,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすこともあった。」と指摘し,国会事故調は,「総理の『再臨界』発言を契機に,官邸5階で海水注入の議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローの報告によって東電本店が海水注入停止を決断するに至った。事業者として政府の監督を受ける東電側が,政府の代表者であるX総理ら官邸政治家の発言に過剰反応したり,あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。したがって官邸政治家は,そうした事態が起こる可能性を十分踏まえた上で発言すべきである。この点からすれば,総理が,注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることには違和感がある。」と指摘しているところである(前記1(5))。

ウ そうすると,原告が海水注入によって再臨界が生ずるおそれがあると考えていたか否かは別として,少なくとも本件会議に参加した者は,原告が海水注入との関係で再臨界の可能性を質問したと理解したことが認められ,にもかかわらず,原告の気迫に押されてその可能性を否定することができず,改めて検討して原告の了解を得ることになったものである。そして,本件会議後に海水注入が開始されたことを知ったCフェローは,官邸の了解が得られていないとして強い調子でD所長に海水注入の停止を求め,実際に海水注入が中断しかねない重大な事態をもたらしたものということができる。
 そうだとすると,内閣総理大臣である原告に東京電力において開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあったというべきであり,海水注入の中断に関する本件記事は,重要な部分において真実であったと認めるのが相当である。


エ また,前記1(3)のとおり,首相官邸は,3月12日午後8時50分頃,本件事故に関する政府の対応を時系列で説明するウェブサイトのページにおいて,午後6時に「福島第一原発について,真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示がされた旨を公表し,原告も,その頃,自らマスコミに対し,同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表したこと,A大臣は,5月2日,参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に,東京電力が1号機に対する「海水注入試験」を開始し,午後7時25分に停止したこと,「総理からの本格的な注水をやれ」と指示され,午後8時20分,1号機に対し,消火系ラインを使用し,海水注入を開始し,海水には水素爆発を防ぐため,ホウ酸を混ぜたことなどを答弁したことが認められる。

 しかしながら,実際は,前記1(1)イ,(2)エのとおり,海水注入の判断は,3月12日正午頃,D所長と東京電力本店の対策室との間で決定され,官邸の了解を得ることなく,午後7時04分には開始されており,原告が海水注入を了承しA大臣にその実施を指示したのは,午後7時55分であったのである。

 要するに,原子炉を冷却するために原子炉容器内に注入していた淡水が枯渇したため,東京電力は,準備でき次第,海水注入を行うことを早々に決めていたが,官邸は,その後の午後6時に「真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示が出されたと発表し,あたかも海水注入を渋る東京電力に対して海水を使うように原告が指示したと受け取ることができる情報を発信したということができる。また,A大臣は,国会において,午後7時04分に開始された海水注入を「海水注入試験」であったと説明し,これを午後7時25分頃に停止したこと(後に停止していなかったことが明らかになった。)について批判を招かないように配慮したと受け取ることができる答弁をしたのであるから,本件記事のうち,中断前の海水注入を「試験注入」であるとし,海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したことについても,その重要な部分は,真実であったと認めることができる。

(4) 論評としての相当性
 「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,前記(3)で述べた事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきであるとの意見ないし論評を述べるもの
であるが,本件記事は,当時野党の国会議員であった被告が,内閣総理大臣であった原告に対して政治的な責任を追及したものであることに鑑みると,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるということはできない。


4 争点(3)(本件記事を削除することなく掲載を継続したことについて被告に不法行為が成立するか)について
 前記第2の1(7)のとおり,東京電力は,5月26日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,翌朝の新聞がこれを報道したことが認められるが,前記3(3)のとおり,本件記事が摘示した事実は,その重要な部分において真実と認められるものであり,本件記事は,飽くまでもこれがメールマガジン記事として発信された5月20日当時の記事であるとして,本件サイトのバックナンバーに掲載されたにすぎないことをも考え併せると,被告が本件サイトにおいて本件記事を削除することなく掲載を継続したことが不法行為に当たるということはできないというべきである。

第4 結論
 以上によれば,原告の請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 永谷典雄 裁判官 鈴木進介 裁判官 中田萌々)

以上:5,885文字

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