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元首相対現首相の名誉毀損訴訟平成27年12月3日東京地裁判決全文紹介1

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平成28年10月17日:初稿
○元首相が現首相を提訴するとの異例の訴訟について平成27年12月3日東京地裁判決が、「東日本大震災後発生した原子力発電所事故当時の内閣総理大臣の対応を批判した野党国会議員によるメールマガジンの記事につき名誉毀損の不法行為が否定された事例」として判例時報平成28年10月11号に全文掲載されました。

○取りあえず主文と事実まで2回に分けて全文紹介します。
この判決についての平成27年12月3日産経ニュースは以下の通りです。
福島原発めぐる安倍首相メルマガ訴訟 「海水注入中断させかねぬ振る舞いあった」「記事は重要な部分で真実だった」14:54
東京電力福島第1原発事故の政府対応をめぐり、安倍晋三首相が発行したメールマガジンの記事で嘘を書かれ名誉を毀損(きそん)されたとして、菅直人元首相が安倍首相に謝罪記事の掲載や約1100万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3日、東京地裁であった。永谷典雄裁判長は「記事は菅氏の資質や政治責任を追及するもので、公益性があった」とし、菅氏の訴えを退けた。

 訴えによると、安倍氏は平成23年5月20日付の記事で「3月12日の海水注入は菅氏が決定したとされているが、実際には注入は菅氏の指示で中断されていた。しかし側近は『注入は菅氏の英断』とする嘘をメディアに流した」などと指摘。しかし菅氏は実際には注入中断を指示していなかった上、吉田昌郎所長(当時)の判断で注入は続けられていたのに、安倍氏は嘘を書いて菅氏の名誉を傷つけた、と主張していた。

 永谷裁判長は判決で「記事は海水注入が継続されていたことが判明する以前に発信されていた」「注入を中断させかねない振る舞いが菅氏にあったこと、(実際には東電が決めた)海水注入を菅氏が決めたという虚偽の事実を海江田万里経済産業相(当時)ら側近が流したことなど記事は重要な部分で真実だった」とし、「記事は違法な人身攻撃ではなく、論評として適切だった」と認定した。

菅元首相「納得できない」と控訴へ 安倍首相訴えた請求棄却受け会見16:59
 菅直人元首相は3日夕、安倍晋三首相に損害賠償などを求めた訴訟で請求が棄却されたことを受け、国会内で記者会見を開いた。菅氏は「とても納得することはできない」「判決文に論理矛盾がある」などと主張し、4日にも控訴する考えを示した。
 
 訴えによると、安倍首相は菅政権時代の平成23年5月、東京電力福島第1原発事故に絡み「菅総理が東京電力に海水注入を止めさせていながら『海水注入は菅総理の英断』とのウソを側近が新聞、テレビにばらまいたのです」との内容をメールマガジンに掲載。菅氏は、海水注入を止めさせたのは事実と異なり名誉を毀損(きそん)されたとして、謝罪掲載と損害賠償を求めていた。


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主  文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は,原告に対し,被告が管理するメールマガジンに,別紙謝罪記事目録記載の記事を掲載し,これを2年以上掲載し続けよ。
2 被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成23年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,a党所属の国会議員であり平成23年5月当時内閣総理大臣の職にあった原告が,b党所属の国会議員であり平成18年9月から平成19年9月まで及び平成24年12月以降現在まで内閣総理大臣の職にある被告に対し,平成23年5月20日,被告が開設するウェブサイト(以下「本件サイト」という。)から「X総理の海水注入指示はでっち上げ」と題して福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という。)の対応を批判するメールマガジン記事(以下「本件記事」という。)が発信されたことによって原告の名誉が毀損され,その内容が事実と異なることが判明した後も本件サイトにバックナンバーとして本件記事が掲載されていたと主張して,①不法行為に基づき,損害賠償として慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する不法行為の日の後の日である平成23年5月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,②民法723条に基づく名誉回復措置として謝罪記事の掲載をそれぞれ求める事案である。

1 前提事実(争いのない事実以外は,各項掲記の証拠等により認める。)
(1) 当事者等

ア 原告は,a党所属の国会議員(衆議院議員)であり,平成22年6月8日から平成23年9月2日まで内閣総理大臣の職にあった。原告は,東京工業大学応用物理学科を卒業している。
イ 被告は,b党所属の国会議員(衆議院議員)であり,平成18年9月26日から平成19年9月26日まで及び平成24年12月26日から現在まで内閣総理大臣の職にある。
 被告は,自身の運営する本件サイトにおいてメールマガジンを発行しており,そのバックナンバーを本件サイト上で公開していた。

(2) 本件事故の発生
 平成23年3月11日(以下,月日のみを摘示している事実は平成23年のものを指す。),東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)が発生し,東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の設置,管理する東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)において,全交流電源が失われ,原子炉を冷却することができなくなり,原子炉が損傷する本件事故が発生した。

(3) 海水注入をめぐる本件事故への対応
ア 本件地震の発生後,福島第一原発の1号機(以下,単に「1号機」ということもある。)等では,原子炉を冷却するため,原子炉容器内に淡水を注入していたが,淡水が枯渇したため,東京電力は,3月12日,1号機の原子炉容器内に海水を注入する方針を決定した。

イ 一方,首相官邸においても,3月12日午後6時頃から,内閣総理大臣である原告,A経済産業大臣(当時の役職。以下「A大臣」という。),原子力安全委員会委員長であるB(当時の役職。以下「B委員長」という。),原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)の職員らが集まり,20分程度,原子炉容器内に海水を注入することについて話合いをした(以下「本件会議」という。)。
 本件会議には,原告の指示によって東京電力の説明者として官邸内に待機していた東京電力のCフェロー(当時の役職。以下「Cフェロー」という。)も参加した。(乙1)

ウ 福島第一原発の所長であるD(当時の役職。以下「D所長」という。)は,同日午後7時04分,準備が整ったとして1号機の原子炉容器に海水を注入する措置を開始したが,首相官邸にいたCフェローは,この事実を知らされておらず,午後7時25分頃,D所長に電話をした際,海水注入を始めた事実を聞かされ,官邸の了解が得られていないとしてこれを停止するように求めた。
 D所長は,東京電力の本店対策室に対してこれを受け入れる旨回答しつつ,密かに海水注入を継続することにしたため,実際には海水注入が中断されることはなかった。(甲7,乙1,15)

エ 原告は,既に1号機に海水が注入されていた事実を知らされないまま,同日午後7時40分頃,保安院の職員等から本件会議で出された問題の検討結果について説明を受け,午後7時55分頃,A大臣に対し,準備でき次第海水注入を開始するように指示した。(甲19)

オ 首相官邸は,3月12日午後8時50分頃,本件事故に関する政府の対応を時系列で説明するウェブサイトのページにおいて,午後6時に「福島第一原発について,真水による処理はあきらめ海水を使え」との総理大臣指示がされた旨を公表し,原告も,その頃,自らマスコミに対し,同日午後8時20分から1号機に海水を注入する異例の措置を始めた旨を発表した。(乙18,24,25)

(4) 海水注入をめぐるA大臣の国会答弁及び東京電力の説明
 A大臣は,5月2日の参議院予算委員会において,3月12日午後7時04分に1号機の海水注入試験を開始したが,午後7時25分にこれを停止し,午後8時20分にホウ酸を混ぜた海水注入を開始した旨答弁した。また,東京電力は,5月16日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したが,午後7時25分にこれを停止し,午後8時20分に海水及びホウ酸による注水を開始した旨を公表した。(乙21,27)

(5) マスコミの報道
 TBSテレビの報道番組「○○」は,5月20日午後5時48分から同50分にかけて1号機の海水注入の問題点について取り上げ,東京電力は3月12日午後7時04分に海水注入を開始したが,政府関係者らの話によると,同事実を官邸に報告したところ,官邸側が「事前の相談がなかった」として東京電力の対応を批判し,海水注入をただちに中止するよう指示したため,同日午後7時25分に海水注入が中断された旨報道した。(乙24)

(6) 本件記事の発信とその内容
 被告は,5月20日午後7時頃,本件サイトから「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事を発信した。
 本件記事の内容は,次のとおりである。
 「福島第一原発問題でX首相の唯一の英断と言われている「3月12日の海水注入の指示。」が,実は全くのでっち上げであることが明らかになりました。
 複数の関係者の証言によると,事実は次の通りです。
 12日19時04分に海水注入を開始。
 同時に官邸に報告したところ,X総理が「俺は聞いていない!」と激怒。
 官邸から東電への電話で,19時25分海水注入を中断。
 実務者,識者の説得で20時20分注入再開。
 実際は,東電はマニュアル通り淡水が切れた後,海水を注入しようと考えており,実行した。
 しかし,やっと始まった海水注入を止めたのは,何とX総理その人だったのです。
 この事実を糊塗する為最初の注入を「試験注入」として,止めてしまった事をごまかし,そしてなんと海水注入をX総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいたのです。
 これが真実です。
 X総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」

(7) 東京電力による海水注入をめぐる事実関係の訂正
 東京電力は,5月26日,3月12日午後7時04分に1号機において海水による注水を開始したところ,Cフェローから「海水注入について首相の了解が得られていない」との報告を受け,一旦海水注入を停止することとしたが,「事故の進展を防止するためには,原子炉への注水の継続が何よりも重要」とのD所長の判断により,実際には海水注入は停止されず継続していたことが判明した旨を公表し,翌朝の新聞がこれを報道した。(甲2,乙7)

(8) 本件記事の掲載継続と削除
 被告は,本件サイトにおいて本件記事をバックナンバーとして公表していたが,遅くとも平成27年5月頃までに本件記事を含む過去のメールマガジン記事を本件サイト上から削除した。

2 争点
(1) 本件記事の摘示事実及び原告の社会的評価の低下
(原告の主張)

 本件記事は,3月12日午後7時04分に東京電力が開始した海水注入について,その報告を受けた原告が「俺は聞いていない」と激怒して止めさせたが,その後,実務家と識者が原告を説得した結果,同日午後8時20分に海水注入が再開されたという事実(以下「摘示事実1」という。)及び原告が同日午後7時04分に開始された海水注入を「試験注入」として,同日19時25分に海水注入を止めたことをごまかし,海水注入が原告の英断であるとの嘘をついたという事実(以下「摘示事実2」という。)を摘示した上,これらの事実を前提として,原告が誤った判断と嘘をついたことについて国民に謝罪し,直ちに辞任すべきであるとの意見,論評を行ったものというべきである。

 そうすると,本件記事は,原子炉を冷却することができず危険な状態になっていた福島第一原発には海水の注入が必要であり,現にこれが実施されていたにもかかわらず,原告がこれを中止させるという誤った判断を犯し,それだけでなく,この事実を隠蔽し,逆に海水注入を自身の英断であるというでっち上げを行い,国民に嘘をついたとの事実を摘示するものであり,行政府の長である内閣総理大臣として陣頭指揮をとっていた原告の社会的評価を低下させるものである。

(被告の主張)
ア 本件記事の摘示事実
(ア) 摘示事実1に関して

 本件記事前段は,原告が海水注入の停止を指示した事実を摘示したものではなく,原告の行動が原因となって官邸から東京電力へ海水注入中断の指示が入った事実を前提として,このような事態を招いた責任が内閣総理大臣である原告にあるという趣旨の論評を述べたものである。

 本件記事は,本文において「12日19時04分に海水注入を開始。同時に官邸に報告したところ,X総理が「俺は聞いていない!」と激怒。官邸から東電への電話で,19時25分海水注入を中断。実務者,識者の説得で20時20分注入再会。」と述べるところ,これは,開始されていた海水注入に対し,原告が激怒したことを受け,官邸が東京電力に電話をかけて海水注入を中断させたという事実を指摘するものであって,原告が中断を指示したという事実ではなく,原告の言動に起因して海水注入が中断されたという事実を摘示するものである。そして,本件記事本文の「やっと始まった海水注入を止めたのは,何とX総理その人だったのです。」との記述は,上記のような原告の言動に対する批判の意見ないし論評である。

(イ) 摘示事実2に関して
 本件記事後段は,原告の側近が当初の海水注入を「試験注入」と称し,海水注入が中断したことをごまかした事実及び海水注入の指示が原告によってなされたとの誤った内容を公表していた事実を前提として,側近の行動も含めて官邸の最高責任者として原告が責任を負うべきであるとの趣旨の論評を行ったものである。

イ 原告の社会的評価の低下について
(ア) 本件記事の発信前に,テレビ報道において本件記事と同内容の報道がされており,同報道によって既に原告の社会的評価が低下していたというべきであるから,本件記事によって原告の社会的評価が低下したとはいえない。

(イ) 本件記事が掲載された直後,D所長の判断によって実際には海水注入が中断していなかったという事実が広く公開された。そうすると,読者は,同事実を前提として本件記事の内容を理解するのであるから,海水注入が中断したということに関して原告の社会的評価が低下することはない。

(ウ) 本件記事は,対立政党の党首であり時の内閣総理大臣に対する野党議員の政治論争である。国会議員には自由かっ達な議論がなされることが期待され,そのため院内における発言等については責任を問われることがない。本件事故は,原子炉のメルトダウンを招きかねない国民の生命身体財産に直結する重大な事故であり,原告の行政能力は国民最大の関心事であった。このような中で政権を厳しく監視するには野党議員が政権の統治行為に少しでも疑念があれば追及する態度が肝腎であり,一から百まで裏取りをしてからの指摘は事実上無理である。しかも,原子力災害の対応は一刻を争うものであるから,事実関係を確認する時間にも制約がある。本件記事は,このような状況の下で配信されたものであり,読者もそのような状況下での記事であることを承知しており,一方当事者の議員の発言を報道機関の報道と同様にそのまま全てが真実であると措信することはなく,本件記事が端緒となって国会などで政治的議論が交わされ,真実が見えてくることを期待しているのであるから,本件記事は直ちに原告の社会的信用を低下させるものではない。


以上:6,457文字

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