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ファウルボールによる失明について責任内容を変更した札幌高裁判決紹介3

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平成28年 6月22日(水):初稿
○「ファウルボールによる失明について責任内容を変更した札幌高裁判決紹介2」の続きで、野球観戦契約上の安全配慮義務違反の有無と過失相殺・損害等についての裁判所の判断です。判決は、「野球の知識がほとんどない女性への球団の安全配慮は十分でなかった」として、球団側の安全配慮義務違反を認めましたが、「打球の行方を見ていなかった」として、女性にも2割の過失があったと認定し、最終的に球団に対してのみ約3300万円の支払を命じました。双方上告せず、判決は確定したようです。

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4 争点3(本件ドームの管理・運営における過失の有無)について
 被控訴人は,ファウルボールが観客に衝突する事故の発生を防止するための安全対策として,控訴人らは共同して少なくとも高さ5.75メートル以上の防球ネットを設置するなどの十分な安全設備を設置するべき注意義務を負っていたのに,これを怠った旨主張する。

 しかしながら,他の実施されるべき安全対策の存在を考慮すれば,本件事故について推測した態様から算出された5.75メートル以上という数値に客観的合理性があるものとは認め難いから,控訴人らに上記注意義務違反があったとは認められない。
 したがって,被控訴人の控訴人らに対する前記(b),(e)及び(g)の各請求はいずれも理由がない。


5 争点4(野球観戦契約上の安全配慮義務違反の有無)について
(1) 前記認定の各事実,証拠(甲1,3,37,乙イ100,102,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,野球に関する知識も関心もほとんどなく,野球観戦の経験も硬式球に触れたこともなく,硬式球の硬さやファウルボールに関する上記危険性もほとんど理解していなかったこと,そのような被控訴人が本件試合を観戦することになったのは,控訴人ファイターズが,新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に,保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画(本件企画)を実施し,小学生である被控訴人の長男(当時10歳)及び長女(当時7歳)が本件試合の観戦を希望したため,被控訴人ら家族が本件企画に応じることとし,被控訴人も,長男及び長女の保護者の一人として,幼児(当時4歳)である二男を連れて,本件ドームに来場したという経緯であったこと,本件座席は,内野席の最上部や外野席等と比較すると,相対的には上記のファウルボールが衝突する危険性が高い座席であったが,本件企画において選択可能とされていた席であったことが認められる。

(2) 上記(1)の事実並びに前記2及び3記載の諸事情を前提とすると,本件企画を実施した控訴人ファイターズとしては,本件企画に応じて本件ドームに来場する保護者らの中には,被控訴人のように,ファウルボールに関する上記危険性をほとんど認識していない者や,小学生やその兄弟である幼児らを同伴している結果として,ファウルボールが観客席に飛来する可能性が否定できない場面であっても,試合中に多数回にわたってそのような場面が発生する度に,ボールを注視して自ら回避措置を講じることが事実上困難である者が含まれている可能性が相当程度存在することを予見していたか又は十分に予見できたものと解される。

 そして,控訴人ファイターズは,そのような者が含まれていることを暗黙の前提として本件企画を実施する以上,通常の観客との関係では,観客が上記危険性を認識した上で危険を引き受けているものとして,観客が基本的にボールを注視して自ら回避措置を講じることを前提に,相応の安全対策を行えば足りるとしても,少なくとも上記保護者らとの関係では,野球観戦契約に信義則上付随する安全配慮義務として,本件企画において上記危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするか,又は保護者らが本件ドームに入場するに際して,上記3(2)イ記載のような危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して,当該保護者らがその危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど,招待した小学生及びその保護者らの安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務を負っていたものと解するのが相当である。

 本件においても,控訴人ファイターズは,被控訴人に対し,本件観戦契約に信義則上付随するものとして,上記安全配慮義務を負っていたところ,本件全証拠によっても,控訴人ファイターズが上記のような招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じていたとは認められない。したがって,控訴人ファイターズは,上記安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められないから,被控訴人に対し,債務不履行(上記安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

(3) これに対し,控訴人ファイターズは,
①本件契約約款により,予め観客に対してファウルボールが飛来する危険性と損害が発生する可能性について警告しており,来場者はいつでも本件契約約款を見ることができる状態にあったこと,
②試合観戦チケットの裏面には,ファウルボールが飛来することの警告が記載されていたこと,
③被控訴人が本件試合を観戦する契機となった案内状には,事故のないよう配慮すべき旨の注意が記載されていたこと,
④本件ドーム内の大型ビジョンの画像,
⑤場内アナウンス及び⑥警笛音によれば,被控訴人を含む観客は,試合前及び試合中を通じて,視覚及び聴覚により,観客席に飛来する打球の危険性を認識することができたものであり,本件事故は,被控訴人が本件打球を見ていなかったため,衝突を回避するための防御活動を全くしなかったこと
が原因で生じたものであるなどとして,控訴人ファイターズには野球観戦契約上の安全配慮義務違反はなかった旨主張する。

 しかしながら,上記①については,本件当時,本件契約約款の内容を印刷した資料が本件ドームの各入場ゲート内側の受付カウンターに平置きされ,入場者への販促物とともに並べられていただけであって,その横に約款があることを告知する表示が掲示されており,入場者は上記資料を手にすることができる状態にはあったものの,試合観戦チケットの購入や本件ドームへの入場等に際し,担当者らが被控訴人に対して本件契約約款の存在や内容等を説明するなどの対応は一切とられていなかった。また,控訴人ファイターズ等のホームページには本件契約約款の内容が掲載されていたものの,よく目に付くように表示されているわけではなく,利用者が検索すれば表示できるというだけの状態であった。

 上記②については,試合観戦チケット裏面に20個以上の多数の注意事項の一部として小さな文字で記載されていたにすぎない上,試合当日にチケットを購入して直ちに本件ドームに入場する場合等については,上記保護者らが上記記載を読むことによって上記危険性を具体的に認識することは通常期待し難いというべきである。

 上記③記載の案内状(甲1)における記載も,本件ドーム内で起こり得る危険に留意するようにとの注意を一般的・抽象的に促すものにすぎず,上記保護者らに上記危険性を具体的に告知するものとはいえない(以上につき,甲1,2,原審における被控訴人本人,弁論の全趣旨)。

 それらに加えて,上記(2)記載の控訴人ファイターズと被控訴人との関係及び安全配慮義務の内容等を総合考慮すると,上記①ないし⑥のような措置を講じたからといって,被控訴人が上記危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど,招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務を尽くしたとはいえない。また,被控訴人の不注意の点は,過失相殺の有無及び程度において考慮すべきものであって,上記(1)の認定ないし判断を左右するものではない。よって,控訴人ファイターズの上記主張は採用できない。

6 争点5(損害)について
 原判決書「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の3に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決40頁12行目末尾を改行して,次のとおり加える。
「(5) 以上の合計は3815万6527円となる。」

7 争点6(過失相殺の当否)について
(1) 本件試合における本件事故に至るまでの間の内野席へのファウルボールへの飛来状況,その中には本件座席の後方の観客のいない壁か床に落下したファウルボールもあり,被控訴人がその行方を目で追ったこともあったこと,それゆえ,本件試合を観戦していた被控訴人を含む観客は,ファウルボールが観客席に飛来する危険があることを認識する機会があり,被控訴人も,ファウルボールが観客席に飛んでくることが分かり,少し危ないのかなと思ったこと等は,原判決40頁18行目から41頁9行目の「(原告本人[調書18,19頁])。」までに記載のとおりである。

 また,前記認定のとおり,本件企画においては,内野自由席の中から保護者が自由に席を選択できるものとされていたところ,内野自由席の中でも相対的な危険性が高いと考えられるグラウンドに比較的近い位置に存する本件座席及びその付近の席を選択したのは被控訴人の夫であり,被控訴人は夫の上記選択をそのまま受け入れて本件座席に座っていたものであること,本件事故の際,被控訴人の夫は,本件座席及びその近くの席に被控訴人,二男及び長女を残し,長男と共に離席していたこと,上記3(3)のとおり,本件当時,本件ドームにおいては,ファウルボールの危険性に関する観客に対する注意喚起の放送が流れたり,観客席に入りそうなファウルボールが放たれた際には,観客に対してそのことを知らせるための警笛が鳴ったりしていたこと,それにもかかわらず,本件事故の際,被控訴人は,打者が本件打球を打った瞬間は見ていたものの,その後は,本件打球の行方を見ておらず,隣りの席の二男の様子をうかがおうとして僅かに下に顔を向け,視線を上げた時には,衝突の直前であったことが認められる。

 上記各事実によれば,本件当時,被控訴人は,野球に関する知識や関心がほとんどなく,ファウルボールに関する上記の具体的な危険性を十分認識していなかったことを考慮しても,本件事故の発生については,被控訴人側(被控訴人の夫を含む。)にも過失があったものと認められる。

 そして,本件事故の態様,控訴人ファイターズの安全配慮義務違反の内容及び程度,被控訴人側の上記過失の内容及び程度,その他の諸事情を総合考慮すると,本件事故における過失割合は,控訴人ファイターズが8割,被控訴人側が2割と認めるのが相当である。
 そうすると,上記過失相殺後の損害額は3052万5221円(≒3815万6527円×0.8。円未満切捨て)となる。

(2) これに対し,被控訴人は,野球に関する知識が乏しく,ファウルボールの危険性を十分に認識していなかった被控訴人にとって,高速のファウルボールが飛来してくることは予見できなかったし,約2秒間という短時間の間に高速で飛来する打球の軌道を的確に予測し,回避行動をとることもできなかったとして,被控訴人には過失がない旨主張する。

 しかしながら,本件全証拠によっても,被控訴人において打者が本件打球を打ったのを見た後も本件打球の行方を注視し続けたとしても,被控訴人の方に向かって本件打球が飛来してくることの予見可能性がなかったとか,本件打球が顔面に衝突することの回避可能性がなかったとまでは認められない。また,被控訴人のその余の主張を考慮しても,上記(1)の判断は左右されない。

8 争点7(免責条項適用の有無)について
(1) 控訴人ファイターズは,被控訴人との間においては,本件契約約款(乙イ2)中の本件免責条項により,主催者及び球場管理者は,観客が被ったファウルボールに起因する損害について責任を負わない旨の合意が成立していたから,控訴人ファイターズは本件事故について責任を負わない旨主張する

(2) しかしながら,以下のとおり,本件において上記合意が成立したとは認められない。
 前記認定の各事実,証拠(甲2,乙イ2,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件契約約款は,日本プロフェッショナル野球組織,セントラル野球連盟,パシフィック野球連盟及び連盟を構成する12球団によって平成17年に設けられたものであるが,内容的には観客の観戦マナーに重点があったこと,本件当時,本件契約約款については,入場者であれば誰でもその内容を印刷した資料を手にすることができる状態にはあったものの,試合観戦チケットの購入や本件ドームへの入場等に際し,担当者らが被控訴人に対して本件契約約款の内容等を説明した上で,それについての実質的な同意を得るなどの対応は一切とられていなかったこと,控訴人ファイターズ等のホームページには本件契約約款の内容が掲載されていたものの,利用者が検索すれば表示できるというだけであった上,本件企画に係る案内状の送付又は試合観戦チケット購入の際に,本件契約約款の内容を閲覧することが試合観戦の前提条件である旨が告知されていたわけでもなかったこと,被控訴人が購入した試合観戦チケットについても,裏面に小さな文字で記載された注意事項の中に,観戦マナーに関連して引用されていただけであり,現実にも被控訴人は本件契約約款(特に本件免責条項)の存在及び内容を了知していなかったことが認められる。

 各球団において多数の観客との間のチケット購入契約を大量にかつ平等に処理するためのものとして,本件契約約款の有用性は否定できないが,本件のような具体的な法的紛争において上記のような免責条項による法的効果を主張するためには,観客である被控訴人において,当該条項を現実に了解しているか,仮に具体的な了解はないとしても,了解があったものと推定すべき具体的な状況があったことが必要であるところ,本件においてはかかる状況は認められない。

 したがって,本件において上記(1)の合意が成立したとは認められない。

(3) 仮に上記合意が成立したとしても,本件免責条項1項但書は,主催者の責めに帰すべき事由による場合は同項による免責の対象とならない旨を定めているところ,本件において,主催者たる控訴人ファイターズに責めに帰すべき事由があり,被控訴人に対して債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うことは,上記5で説示したとおりであるから,本件免責条項1項による免責の対象とはならない。

(4) また,本件免責条項2項は,1項但書により主催者が免責されない場合の損害賠償の範囲について,主催者等の故意又は重過失に起因する損害以外は治療費等の直接損害に限定しているが,控訴人ファイターズが,試合中にファウルボールが観客に衝突する事故の発生頻度や傷害の程度等に関する情報を保有し得る立場にあり(甲39,乙イ65,乙ハ1ないし5),ある程度の幅をもって賠償額を予測することは困難ではなく,損害保険又は傷害保険を利用することによる対応も考えられることからすれば,このような対応がないまま上記の条項が本件事故についてまで適用されるとすることは,消費者契約法10条により無効である疑いがあり,この点に関する控訴人ファイターズの主張は採用することができない。

9 弁護士費用について
 以上の諸事情を踏まえると,本件事故と相当因果関係の存する弁護士費用としては305万円を認めるのが相当である。

10 結論
 以上によれば,被控訴人の控訴人ファイターズに対する前記(c)の請求は3357万5221円及びこれに対する平成24年7月20日(控訴人ファイターズに対する訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人市に対する各請求はいずれも理由がない。

 そうすると,被控訴人の控訴人らに対する上記(a),(d)及び(f)の各請求を一部認容した原判決は失当であって,本件各控訴はいずれも理由がある。また,被控訴人の控訴人ファイターズに対する前記(c)の請求は上記の限度で認容し,被控訴人の控訴人ファイターズに対するその余の請求並びに控訴人札幌ドーム及び控訴人市に対する各請求はいずれも棄却すべきである。よって,原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 佐藤道明 裁判官 細島秀勝)
 裁判官 古河謙一は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 佐藤道明) 
以上:6,854文字

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