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工場抵当権対象動産搬出後抵当権者に現状回復請求権を認めた判例紹介

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平成28年 2月27日(土):初稿
○「目的建物焼失後も残存備付機械等に工場抵当権効力が及ぶとした判例紹介」に引き続き工場抵当法に関係する判例を紹介します。
工場抵当法2条の規定により工場に属する土地又は建物とともに抵当権の目的とされた動産が、備え付けられた工場から抵当権者の同意を得ないで搬出された場合には、第三者において即時取得をしない限りは、抵当権者は、搬出された目的動産をもとの備付場所である工場に戻すことを請求することができるとする昭和57年3月12日最高裁判決(判タ468号99頁、金融・商事判例645号3頁、判時1039号63頁)全文と上告理由書全文です。

関連条文は次の通りです。
工場抵当法
第2条
 工場ノ所有者カ工場ニ属スル土地ノ上ニ設定シタル抵当権ハ建物ヲ除クノ外其ノ土地ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物及其ノ土地ニ備附ケタル機械、器具其ノ他工場ノ用ニ供スル物ニ及フ但シ設定行為ニ別段ノ定アルトキ及民法第424条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此ノ限ニ在ラス
2 前項ノ規定ハ工場ノ所有者カ工場ニ属スル建物ノ上ニ設定シタル抵当権ニ之ヲ準用ス
第5条
 抵当権ハ第2条ノ規定ニ依リテ其ノ目的タル物カ第三取得者ニ引渡サレタル後ト雖其ノ物ニ付之ヲ行フコトヲ得


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主  文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理  由
上告代理人○○○○の上告理由第一点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について
 工場抵当法2条の規定により工場に属する土地又は建物とともに抵当権の目的とされた動産が、抵当権者の同意を得ないで、備え付けられた工場から搬出された場合には、第三者において即時取得をしない限りは、抵当権者は搬出された目的動産をもとの備付場所である工場に戻すことを求めることができるものと解するのが相当である。けだし、抵当権者の同意を得ないで工場から搬出された右動産については、第三者が即時取得をしない限りは、抵当権の効力が及んでおり、第三者の占有する当該動産に対し抵当権を行使することができるのであり(同法5条参照)、右抵当権の担保価値を保全するためには、目的動産の処分等を禁止するだけでは足りず、搬出された目的動産をもとの備付場所に戻して原状を回復すべき必要があるからである。
 これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進)


上告代理人○○○○の上告理由書(第一)記載の上告理由
第一点〈省略〉


第二点
 原判決には、工場抵当法2条の抵当権の効力に関する解釈を誤つた違法がある。
一、本件は、工場抵当の目的たるトラックスケールを、工場所有者でない者が抵当権者の同意なくして分離し、これを第三者(上告人)に譲渡、引渡した場合である。
 工場抵当の目的たる建物の備付物の所有者は、抵当権者の同意なくして備付物の分離をなすことを得ないけれども、その分離した物に対しては依然所有者であり処分権を有しているのであるから、かかる所有者から備付物の引渡を受けた第三取得者は、処分権のないものから権利を取得したのではなく、抵当権者の同意なくして分離されたものを取得したものでつまり抵当権の負担のついた物を取得したこととなるのであるが、民法第192条の要件を具備するときは抵当権は消滅し、第三取得者は抵当権の負担のない動産上の権利を取得することとなさねばならない(福岡高裁昭28・7・22高民集六巻七号388頁)。したがつて、この場合同条の要件を具備していないとすれば、分離物は依然として抵当権の目的物にとどまつているのであるから、かかる場合の抵当権の効力が問題とされるのである。

 原判決は、本件トラックスケールについての工場抵当法2条の抵当権者である被上告人が、何らの権原なし(この点についての上告理由は上告理由書(第一)において述べたとおりである。)にこれを占有する上告人に対し、右抵当権に基づいて、これを処分する等の抵当権実行妨害禁止と、これを元の備付建物に搬入することとを請求しうるか否かについて、次のように判示している。

 「抵当権は、目的物の担保価値の把握を主眼とする価値権であり、目的物を占有、使用、収益する権限を含まないからたとえ、何らの権原にも基づかずに違法に目的物を占有する者がいたとしても、それにより目的物の価値自体の減損が生じないかぎりは、その排除を求めることはできないというべきである。しかし、工場抵当法2条の抵当権の目的たる動産の場合には、同条の抵当権は工場に属する土地、建物とその備付動産とを有機的一体として、これによる独自の担保価値を把握しようとするものであり、右動産が抵当権者の同意なしに備付をやめて搬出されるときは、ただちにこれに対して抵当権の効力が及ばなくなるわけではないものの(同5条1項)、右抵当権の本旨に反し、それにより担保価値の一体的把握は困難になるから工場所有者(抵当権設定者)がかかる処分行為をすることは刑事罰をもつて禁止されているのであり(同法49条一項)、また、同法5条2項によればかかる処分行為により抵当権自体が消滅する危険性もあるのである。したがつて、工場抵当法2条の抵当権については、その価値権自体の保全のためにも、目的動産の自由な処分、占有移転を制約し、あるいは搬出された目的動産を旧備付場所に搬入させるべき必要性は大きいものといわなければならない。

 そして右抵当権者が目的動産に対する権利を適法に取得した権利者に対し、その権限に基づいてこれを処分し占有移転することを制約すること、あるいはその占有を失わせる結果となるこれが旧備付場所に搬入を求めることができるか否かについては、なお、異論の生ずる余地があるが、しかし、少くとも、何らの権原なしにこれを占有する者に対しては、かかる処分等による抵当権の実行妨害行為を禁止することはできるものと解すべきであるのみならず、さらに進んで、右のような不作為義務を課すのみでは、前記の有機的一体性をもつた独自の担保価値を表現し、あるいは即時取得による抵当権自体の消滅を防止するのに充分なものとはいえないから備付をやめて不当に搬出された目的動産を再び備付けるために、元の備付場所たる土地建物にこれを搬入することも求めることができるものと解するのを相当とする。」

二、抵当権の侵害に対して抵当権者が如何なる手段を講じうるかに関しては、わが民法は規定を欠いている。抵当権は目的物の担保価値を把握する物件であるから、この目的物たる担保価値を毀損、減少する行為を排斥しうるものとなすことは当然であろう。したがつて、判例も学説も妨害を排除し、進んで妨害の予防を請求しうることを認めている。しかし、さらに進んで抵当権者が直接自己に目的物の引渡しを求めうるかはおおいに問題である。

 抵当権は目的物の使用収益権はもちろん占有権限をも含まないものであるから、抵当権者が目的物を自己の占有に移すべき旨の引渡請求権を認めるべきでないとするのが、判例の立場であり、学説の大勢であると思われる。そしてこの場合目的物を占有している第三者が適法に占有したと否とは全く関係ないことである。判例は、山林抵当の場合における伐採した立木を、抵当権者が自己に引渡を求めた事案に関し、次のように判示した。

 「抵当権ハ絶対権ナルヲ以テ抵当物ニ対シ(従ヒテ抵当権ソノモノニ対シ)危害ヲ加ヘムトスル者アル場合ニ於テハ其所有者タルト第三者タルトヲ問ハズ之ニ対シ不作為ノ請求権ヲ有スルハ言ヲ俟タズ(仮ノ地位ヲ定ムル仮処分ヲ為シ得ルコトニ付キテハ姑ク云ハズ)。上告人Xが第一審以来被上告人Yハ伐採シタル木材ヲ『右山林地内ニ積置キシガ近来ニ至リ之ヲ阪神地方ニ輸送セムトシツツアリ。仍テXハ右木材ニ付其抵当権ヲ実行セムガタメYに対し木材ノ引渡ヲ(中略)求ムル為メ本訴ニ及ビタリ』ト主張セルハ少クトモ右ノ不作為請求権ヲ主張セルノ趣旨ト解シ得ザルニ非ズ。原審トシテハ宜ク釈明権ヲ行使シ以テ其意ノ存スル所ヲ審ニスベキニ拘ラズ、此挙ニ出ヅルコトナク、輙ク所謂引渡請求権ナルモノヲ否定シ去リタルハ失当ヲ免ル可カラズ」(大判・昭7・4・20・法律新聞3407号15頁)。

 右判決は、抵当権者が自己に直接目的物の引渡を求めることはできないとした原判決を支持し、ただ、その請求の趣旨には不作為請求権の主張をしていると解せられる余地があるのに、この点釈明しなかつた違法があるとしたのである。

三、ところで、原判決の認容した権利は、抵当権者たる被上告人に直接本件トラックスケールの引渡を認めたのではなくして、元の備付場所たる本件建物にこれを搬入することである。
 原判決は、「右(工場)抵当権者が目的動産に対する権利を適法に取得した権利者に対し、その権限に基づいてこれを処分し占有移転することを制約すること、あるいはその占有を失わせる結果となるこれが旧備付場所に搬入を求めることができるか否かについては、なお、異論の生ずる余地があるが、しかし、少くとも、何らの権原なしにこれを占有する者」に対しては、抵当不動産の所在場所に戻すことを請求する権利を認めている。

 しかしこの説示は、工場抵当法を誤解している。さきにも述べたように、工場抵当法5条2項によつて、抵当権者の同意なくして分離された動産を取得した場合は、抵当権の負担のついた動産を取得することになるのであるが民法192条の要件を具備するときは抵当権は消滅し、第三取得者(原判決のいう「適法に取得した権利者」)は抵当権の負担のない動産上の権利を取得することになるのである(前掲福岡高裁判決)から、かかる場合には、抵当権に基づく防害排除や、元の備付場所たる建物への搬入の問題を生ずる余地は全くないのである。したがつて、右の問題を論ずるときに、「適法な占有権限」の有無をもつて考究するのはおよそナンセンスであり、原判決は、この点においてすでに理由不備のそしりを免かれない。

 さて、それならば、無権限の第三者に対して本件のような元の備付場所への搬入行為を求めうることができるかどうかは、また別個の問題である。この点については、これを是認する学説もなしとしない(例えば、我妻栄「新訂担保物権法」384頁以下)。しかし、その説くところは納得できない。我妻教授は、その理由として「けだし、抵当権の本来の価値を回復する手段だからである」(前掲385頁)とする。原判決が、工場抵当は建物と備付機械とが有機的一体となつて独自の担保価値を把握しているものであるから、この担保価値を実現するために、と説示しているのも、その考え方は右と同じ系譜に属するように思われる。

 しかし、その目的論的な心情は解らないでもないが、抵当権に一体そのような権限が含まれているとする根拠はあるのかどうかを考えると否定せざるをえないのである。前述したように、抵当権は使用、収益権限、占有権限を含まない点にその特色がある。抵当権者が抵当権独自の権限によつて自己に目的物、分離物の引渡を請求しえないと同様分離物を抵当権設定者ないしは抵当不動産の所在場所に戻させうる理論的根拠は、どう考えてもないものと思う。工場抵当法49条1項で、工場所有者が譲渡の目的をもつて、目的動産を第三者に引渡した場合に刑事罰をもつて臨んでいるのは、右のように、元の備付場所に搬入することを求めえないからこれを事前に予防するためであると考えるのが素直で自然である。

 以上のような理由によつて、原判決がその主文第三項において本件トラックスケールを本件建物に搬入せよ、と命じたのは、工場抵当法2条の抵当権の効力に関する解釈を誤つた結果によること明らかであり、この違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから主文第三項は破棄を免れない。

以上:5,031文字

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