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DNA鑑定無視で父子関係認定した平成9年11月12日大分地裁判決紹介4

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平成28年12月 9日:初稿
○「DNA鑑定を廃し父子関係を認定した平成9年11月12日大分地裁判決紹介3」の続きです。
生物学的血縁関係と、人間の父子関係について深く考察されています。

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7 血縁の価値
 私は、この項で、「血縁関係がある。」ということが、一人の子供と一人の男性との父子関係ないし親子関係のなかで、どれだけの意味があるのかを考えてみたい。

 血縁上の父子関係があるとは、おおまかに言うと「特定の男性と特定の女性との性行為により、その女性が妊娠して子供を出産したという事実があるときに、その特定の男性と出生した子供との間に血縁上の父子関係があるといえる。」との意味に理解されるが、近年の遺伝型の鑑定技術の発達により、「出生した子供の受精卵を考えるとき、その卵子を受精させた精子を発出ないし提出した男性と出生した子供との関係」と捉えることができる。

 ところで、この卵子と精子との結合は、通常は男女の性行為による膣内の射精によって起こるわけだが、射精から受精までは人の意思は介在しないから、受精における人の行為は性行為における膣内の射精である。この人の営みとしての性行為での膣内の射精が、父子関係ないし親子関係においてどのような意味を有するかである。生物学的には、通常、性行為における膣内の射精がなければ父子関係が発生しないことは明らかである。しかし、性行為及び膣内の射精が父子関係の発生を目的とする人間の行為であるといえるかと考えると、これは父子関係の発生を目的とする行為である場合(=子供を作りたいと思って性行為をしている場合)もあるが、父子関係の発生を全く念頭におかないで行われている場合もあるものである。

 性行為ないし膣内の射精は、本来、愛情を通じ合った男女が、その愛情を実感する営みの重要な一つとして行うものであり、それ自体に快楽性があり、愛情を持つ男女では、性行為及び膣内の射精だけを目的としてそれが行われることもあるからである。逆に、避妊に失敗した場合等のように父子関係を発生させない意図のもとに性行為が行われ、その結果父子関係が発生する場合もある。そうすると、卵子と精子との結合は生物学上子供が出生するのに不可欠な事実であるが、その前提たる性行為及び膣内の射精は、人間の営みとしては、父子関係を発生させる意思を持っておこなわれる場合もあるが、そのような意思を持たずに行われる場合もあり、反対意思を持って行われる場合もあることになる。

 また、懐胎期に複数回性行為が行われた場合、どの性行為により受胎したかを確定する方法は全く考えられない。私としては、従来生物学上の事実に着目して血縁上の父子関係が重要視されてきたが、父子関係を発生させる人間の営みという点で、特定の男性の精子により卵子が受精したという事実=性行為における膣内の射精という事実に従来ほど高い価値を認めることはできないのではないかと考える。

 次に受胎後の父子関係ないし親子関係の営みを見てみる。ステレオタイプの記述になることを容赦願う。女性が受胎すると、出産まで継続する身体の変調が生じる。特につわりの時期の変調は激しく、臨月には細心の配慮が必要である。女性と同居し、女性に愛情を抱き、女性の体内にいる子が自分の子であると認識する男性は、女性の変調に応じ、配慮し、手助けをする。これは、お腹の中の子の父としての意思に基づく行為である。女性が出産する。

 新生児は一人の大人が24時間かかり切りにならないと育てられないもので、同居する男性は女性を助け、ときに女性と交替して女性を休ませる。1歳前後までは夜泣きをし、疲れた身体に鞭打って起き、求めるものに答える。おむつを代えれば、手におしっこやうんちが付く。人の便がついて平気なのはこの時期だけである。病気をすれば、寒暑にかかわらず、抱いて医者に見せに行く。子供が大人の男女に全面的に依存する日々は3、4歳位まで続く。肉体的にはきつい毎日だが、日々成長する、昨日できなかったことが今日できるようになる子供を見ること、自分を親と思い、自分を信頼して甘えてくる子供の相手をすることは無上の喜びである。

 子供が幼児になれば肉体的苦労は減ってくる。いろんなことができるようになった子供とのやりとりは楽しい。しかし、危ないこと、いけないことを教えなければならないという気持ちはあり、時には叱ることもある。子供は、明確に自分の父親を認識し、友達の父親と区別する。子供の世界はまだ基本的には家族の中にある。子供が小学校に進学すると、子供の関心は小学校やそこでの友達関係に移る。しかし、小学校や友達と安定した関係を持つには、家庭が必要である。衣食住は親に依存しているし、かつ、その依存していることが認識できる。子供は父母と思う人に小学校や友達との喜び、悲しみを受け止めて欲しいと思い、父母は子供のそういう気持ちを受け止めたいと思う。

 小学校の行事に親として参加し、改めて子供の成長を感じ、親の喜びを感じる。子供が中学校、高等学校に進学すると、子供が衣食住を親に依存し親が子供に衣食住を与える関係に変化はないが、子供は第二次反抗期に入り、ことごとく親に反抗し、できるだけ親と接触したくないと思うようになる。時に子供にとって親は憎悪の対象であり、親はこのような子供にあわて、立腹し、失望したりする。しかし、実は子供が成熟した大人に成長するには、第二次反抗期に親とこのような関係に立つことが不可欠なのである。この時期でも、進学、就職という重大なことでは親と子供は話し合う。

 就職して、子供は衣食住を親に依存する状態から離脱する。親に長く連絡しない時期を持つこともある。この時でも、親は子供を心配しないことはない。子供に何かあり、子供が助けを求めてくれば、喜んで手をさしのべる。いつか、子供は親の苦労がわかり、子として親を助けようと思う。ここで自立した子供と親との大人同士の関係が成立する。双方が健康である間は、日常生活はそれぞれ別個に行われるが、他人を相手にした社会生活を送る中で、互いに信頼でき、いざというときは頼ることのできる親があり子があるということは心の支えである。

 子供が婚姻したり、孫が生まれたりすれば、新しい人間関係が生まれる。親が老い、子供が扶養する。身体の大きい親の体位を変え、おむつを代える作業はきつい。親は時に気むずかしく、時にぼける。子供は、親に育てて貰ったとの気持ちから親の世話をし、我慢できない苦労を我慢する。親が死んだとき、子供は深い悲しみを抱く。

 私は、この受胎後の営みを見ると、喜び、楽しみもあるが、辛いこと、悲しいこともあり、他の人とのことでは堪えられないことも堪えて行われるもので、父子関係があるとの認識に基いて行われるこの営みは、人間の営みとしての価値が非常に高いのではないかと考える。性行為における膣内の射精は、費やす時間だけを見ても、比較にならないものである。法律的父子関係とは法律関係であり、法律関係とは人間の営みに対する社会的規律であるから、社会的規律としての法律的父子関係を考えるとき、性行為によって卵子が受精したという事実より、その後の父子としての営みとしての事実の方がはるかに価値が高いのではないかと考えるところである。

8 戸籍制度
 この項で、従来の議論に現われている戸籍制度ないし戸籍制度の信頼性の保持という点について検討したい。

 戸籍制度は、個人の親族法上の身分関係を公示する制度であり、併せて、戸籍の記載により個人を特定する機能を有している。特定の個人と社会的、法律的関係に入ろうとする者が、個人の特定ないし身分関係を知るために戸籍を参照するわけであり、戸籍には事実に合致した記載がなされることが望ましいといえる。問題は、戸籍に記載されるべき事実とは何かである。この点を父子関係について言えば、特別養子制度の創設(民法817条の2以下)により、記載されるべき法律上の父子関係であり血縁上の父子関係ではないことが明らかになった。従って、血縁上の父子関係の有無にかかわらず法律上の父子関係が肯定されるならば、そのとおりに記載されれば戸籍制度としては満足するわけである。

 なお、特別養子制度でも血縁関係に配慮されており(戸籍法20条の3)、近親婚防止(民法734条)の見地から、原則として血縁に従い戸籍は記載されるべきであるという見解がありうると思うので、この点について一言する。私も、近親婚禁止規定は医学上の根拠を持つものであり、右規定が存する以上血縁関係に従った記載を要求する見解にも一定の理由はあると考える。

 しかし、これまでに検討したところから、血縁関係と異なる法律上の親子関係を認めなければならない場合は存在するのだから、このような場合は法律上の親子関係に従って戸籍を記載するしかないものと考える。この場合、近親婚の防止は、事情がわかっている親の注意に期待することとし、それでやむを得ないと考える。さらに本件に関して言うと、仮に原被告の血縁上の父子関係が否定されるとして右事実を戸籍に記載しても、本件で被告と血縁上の父子関係を有する男性を発見できる可能性は全く窺えないから、右記載は近親婚の防止には何らの効果もないことを指摘したい。

五 判断
 以上の検討を基に、原被告の法律上の父子関係の存否を判断する。法律上の父子関係の一般的判断基準を立てるべきかも知れないが、私はその任に堪えないので、以上の検討を咀嚼して判断することとする。

 前記認定事実のうち、原告は晶子と昭和45年夏ころから複数回性交渉を持ち、昭和46年4月に被告が1700グラムで出生し(出生体重からすると懐胎期間は比較的短いと推測され、原告との性交渉で妊娠したと考えても矛盾しない。)、原告は別の男性と晶子との性交渉を知りながら、被告を自分の子として育てると約束して晶子と生後7か月の被告との同居生活を始め、以後、被告を自分の子供として育て、昭和47年5月に晶子と婚姻し、被告が幼稚園に入園するに際し、被告を嫡出子として入籍する手続をすることに同意して被告を嫡出子(長男)として入籍させ(幼稚園入園という新しい社会関係が生じる前に被告との親子関係を公示する手続をしたものと評価できる。)、小学校、中学校、高等学校と成長する被告に対し一貫として実の父親として接し、このような原告の行為により、被告は物心ついて以来原告が自分の実の父親であると認識し、この点に何らの疑いを抱くことなく成長し、本件訴訟の提起を受けて著しく困惑し、原告が父親ではないという結論を受け入れる余地はない状態であり、本件訴訟の提起は原告と晶子との紛争に由来するもので被告が原告から不利益を受けなければならない事情は認められず、血液型鑑定では父子関係が存するとして矛盾しないという結論が出ているという事実に着目すれば、被告にとって、自分の父として認めうる相手は原告しか考えられないものであり、被告が自分の父として原告を考えるのは当然と言わなければならない。

 そして、被告が、原告に対し、原告が自分の父としての地位に立つことを要求することを、原告は拒むことはできないと考える。私は、この被告が原告を父と考え、父としての地位に立つことを求め、原告はこれを拒むことはできないという関係を、法律上の関係として保護を与えるべき関係と考える。よって、原被告間には法律上の父子関係が存在すると判断する。
私は、遺伝子レベルでの血縁関係の存否は右判断に影響を及ぼさないと考えるが、念のため、DNA鑑定の結果は100パーセントの信頼がおけるものではないことを再度述べておく。

 以上の次第で、本件請求は理由がないから、棄却することとする。
(裁判官山口信恭) 
以上:4,844文字

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