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DNA鑑定無視で父子関係認定した平成9年11月12日大分地裁判決紹介2

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平成28年12月 8日:初稿
○「DNA鑑定を廃し父子関係の存在認定した平成10年5月14日福岡高裁判決紹介1」の続きで、3 学説、4 発達心理学、5 非配偶者間人工授精(AID)の考察です。

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3 学説
 学説としては、松倉訴訟論と水野考察を検討の対象としたい。理由は、両者は近年の科学的親子鑑定技術の進展を明確に立論の根拠としていること、一見すると両者は両極端に別れるものとも見受けられるからである。

 松倉訴訟論は、現行民法の嫡出推定規定等は紛争の対象となった男と子との血縁関係の存否を明確に判断できる技術がなかったがための規定であると理解し、現在血液型鑑定で親子関係不存在は科学的に明らかにでき、最近DNA多型による親子鑑定は親子関係の不存在だけでなく親子関係の存在まで判断できるようになったと評価し、基本的に血液型鑑定及びDNA多型による鑑定により親子関係存否を決定していくことを主張する。現行民法所定の親子関係訴訟に関する訴訟提起権者の制限、出訴期間の制限を批判し、ドイツ、オーストリア、スイス等で出訴権者・出訴期間を拡大する立法がされたことを評価しつつ、まだ制限撤廃が不十分だとされる。血液型鑑定等を当事者が拒否する場合について、直接強制を認める立法を主張される。一定期間継続した親子としての生活実体が後に訴訟で覆されることの不利益については、身分関係は血縁関係の存否で決し、それによって生じた不都合は損害賠償で填補すべきものとする。

 松倉訴訟論は、親子関係は血縁関係のみによって生じるもので、血縁関係と異なる外形が存するときは、可能な限り血縁関係の存否を探求し、明らかになった血縁関係により親子関係を決するべきであるとの主張と理解できる。なお、松倉訴訟論には、家庭の平和と真実主義とをいかに調和させるかが問題であり、個々具体的な事案において家庭の平和が保護されるべき場合はこれを保護すべきであるとの記述があり、また、松倉訴訟論は主に子の提起する嫡出否認訴訟及び認知訴訟に焦点を当てて議論しており、主たる関心は子の訴権にあるのではないかとも窺われ、前記我が国の裁判例に現われたような事案については別の考えをもたれているかも知れないが、この点は不明である。

 水野考察は、従来の我が国の議論を次のように批判する。即ち、フランス法もドイツ法も法的親子関係は嫡出推定制度と認知制度により成立するが、これは血縁関係と異なる法的親子関係が発生することがあることを当然のこととして許容する制度であり、強制認知制度を認めるか否かの点で旧フランス法はいわゆる意思主義(「父子関係は父としての愛情と父になる意思が基礎である。」)から強制認知制度を採らず、ドイツ法は血縁関係の立証による強制認知制度を採用して血縁主義と呼ばれたもので、意思主義・血縁主義というのは強制認知制度の採否の分野だけの問題であったのに、従来の我が国の議論は、この強制認知制度に限った対立を全ての親子関係にかかわる対立と誤解し、血縁上の親子関係と法律上の親子関係が異なりうる全ての実親子関係法に血縁主義・意思主義の対立があると理解し、血縁主義が血縁と異なる親子関係を否定する趣旨をいうものとして用いられてきたと述べる。そして、現在我が国が幅広く親子関係存否確認訴訟を認めていることを嫡出推定制度を空洞化するものと捉える。

 水野考察は、科学的親子鑑定に関するフランスの次の言葉を紹介する。即ち、「人間は遺伝コードに還元されるような存在ではない。文化的な動物である。一人一人の人間のアイデンティティにおける教育や経験がいかに重いものであるか。私の能力ではとても表現できない。心の母性や父性は、二つの配偶子の単なる結合よりはるかに重いものである。」「すべての権限が科学者のみの手にあると困ったことになる。だからこそ裁判所が血液鑑定が行われる場合を決定し、ついで生物学の結論の活用も決め、生物学的真実と身分占有とを同時に考慮して子の帰属を定めるというしくみが、賢明なのだと思われる。」現行フランス法の説明として、上述の「実際の親子関係は、生理学的真実とはかかわりなく、それ自体で尊重されるに足る重要な人間の真実であり、子の利益はしばしば生理学的真実より実際の親子関係を優先させるのである。」という見解を紹介する。水野考察は、結論として、「真実とは、燃えている石炭のようなもので、この上ない慎重さがなければ扱えない。」という立場に立つことを示し、従来の我が国の血縁主義という解釈学の傾向が特異で実親子法にとって危険なものであると指摘し、立法論・解釈論ともに複雑な衡量と限界づけを必要とすると説く。(水野考察の本来の趣旨は、右結論に沿う現行フランス法を紹介することにあるが、比較法の項に述べたので省略する。)

 松倉訴訟論と水野考察とを読み比べ、私は松倉訴訟論に簡単に賛同することはできない。後に述べるように、親子関係を血縁関係だけで根拠づけることに疑問があるからである。私は、水野考察が紹介し、指摘する考えに引かれる。

4 発達心理学
 この項の参考資料は、ジョージ・バターワース、マーガレット・ハリス著:村井潤一監訳「発達心理学の基本を学ぶ」(ミネルヴァ書房)である。(特に同書130頁以下)私は、法律上の親子関係を考えるうえで、発達心理学の成果を視野にいれるべきと考える。
 愛着を、特定の他者との焦点化された、永続的な、情緒的に意味のある関係を形成する能力として定義したとき、マッコウヴィは、乳児における愛着の四つのサインを提示している。即ち、①生後八か月、九か月ぐらいから、主たる養育者への接近を求め、もしも分離された場合は、定期的にその人のところに戻ってくる、②乳児は養育者から分離されると悲しみを示す、③再会すると機嫌がなおる、④肯定と保障を求めるように、定期的に養育者の方を注視して自分の行動を判断する。ボウルビィは、動物行動学での鳥類の愛着形成におけるインプリンティング(刻印づけ)の理論に影響を受け、人間の赤ちゃんに母親の特徴を急速に学習する期間があるとする。人間の月齢の低い赤ちゃんはひよこと異なり母親の後を追う運動能力を欠いているが、その代わりに、社会的微笑み、泣き、喃語のようなシグナルによって、初期には母親を近づけ、このことによって、母親や父親の表象の記憶を蓄積することができると述べている。赤ちゃんが這うことができるようになると、母親の下から周期的に離れ、新しい環境を探索する。

 そして、ときどき母親の下に戻り、安心感を得る。母親を安全基地として、環境に進出し、母親との安心感を基にした探索は、愛着が形成される過程にみられる相補的な一面である。赤ちゃんは、彼らの母親だけに対して愛着を形成するのではなく、父親に対しても形成し、また、彼らの養育に姉や兄がかかわっている社会においてはきょうだいに対しても愛着を形成する。

 私が発達心理学の成果を充分理解しているとは言えないので、即断は禁物だが、右記述から、赤ちゃんが父親として接する男性を父親として認識し愛着をもつのは自然科学上の事実なのであろうと思われる。付け加えると、前掲参考資料には、子供が出生後にかかわる人とのその場での具体的関係で発達心理が研究されており、子供と相手との血縁関係の存否を考察の要素にする記述は一切ない。私としては、精子と卵子との結合がなければ子供の出生はないということも科学上の事実だが、遺伝上の父子関係に関わりなく、子供に父として接する男性に対して、子供の中に相手を父と思い父として慕う気持ちが発生することも科学上の事実と思われる。

5 非配偶者間人工授精(AID)
 この項の参考資料は、水野正彦監修「標準産科婦人科学」(医学書院)七八頁、杉本修・森崇英監修「不妊診療指針」一六四頁、飯塚理八・河上征治著「不妊こうして治す・治療と人工授精」(立風書房)一五二頁以下、である。私は、非配偶者人工授精(以下「AID」という。)が法律上の父子関係の限界を決すると考える。

 AIDは、無精子症、精子死滅症などの絶対的男性不妊や強度の乏精子症、男性側に出生児に深刻な事態を生じさせる遺伝性素因がある場合に適応がある。この場合、児を希望するならば、養子かAIDしか方法がないからである。付言すると、男性不妊に対する効果的な治療法は確立しておらず、人工授精の適応が少ないわけではない(但し、この点は配偶者間人工授精(AIH)も含む。)。我が国のAIDは、慶応病院産婦人科家族計画相談所が施術し昭和二四年八月に出生した女児が初めての児で、以後慶応大学医学部産婦人科を中心として施術が重ねられている。(前掲参考資料には、これまでの施術数は記載されていないが、私は、「現在までに我が国では、AIDは十万を越える症例で実施されている。」との最近の新聞報道を記憶している。)我が国のAIDの実施手順は次のとおりに紹介されている。①AIDの対象は、法律上の婚姻をしている、不妊原因が男性側にありAID以外に治療方法がない等一定の条件を有する夫婦に限る、②AIDを希望する夫婦に充分説明の上合意書を提出してもらう、③一定の条件を満たす第三者男性から精液を採取する、④採取した精液を人工授精に適するように調整する、⑤調整した精液を排卵期に女性の体内に注入する、⑥時期の経過を待ち、妊娠の有無を確認する、⑦通常条件が良いので一回で妊娠するが、妊娠していない場合は再度繰返す、⑧夫婦と提供者とがお互いに相手がわからないようにするとともに、施術する医師にも提供者がわからないようにする。

 AIDの場合、夫婦の男性と出生した子との間に血縁上の父子関係はない。血縁上の父子関係がないからこの男性と子との間に法律上の父子関係はないと判断するか、前記内容を有するAIDにより出生し、父として子を育てる意思を有しているということに着目してこの男性と子との間に法律上の父子関係はあると判断するかが、ここでの問題である。具体的には、夫婦仲が悪くなり、子の養育を拒否し、子の出生一年内に男性が嫡出否認の訴を起こす場合、同じく夫婦仲が悪くなり、自分は無精子症で嫡出推定は及ばないとして、子が成長してから親子関係不存在確認の訴を起こす場合、夫婦と子との間には実親子関係と同一の安定した関係が長年継続したが、男性が死亡した後男性側の親族と相続争いが生じ、男性側の親族が親子関係不存在確認の訴を起こす場合等が考えられる。このような場合、私は、結論として夫婦の男性に出生した子に対する父としての義務を拒否することを認めたり、成長した子から父の存在を奪う権利を認めたり、男性の親族に存在した父子関係を争う地位を認めることはできないと考える。考え方としては両説あるかも知れないが、私は、結論としてAIDに合意して妻に子を出生させた夫は、子に対し父としての権利を認め、義務を負わせるべきであると考える。理由としては、本判決ではAIDが中心の問題ではないので、一点だけ、精液の提供者と夫婦の妻とは何らのつながりもなく、妻と提供者とが出生した子を共同で育てるということはあり得ず、夫婦の夫と子との法律上の父子関係を認めないという結論は、提供者との父子関係を認めるか否かにかかわらず、実際には夫婦の妻に子の親として責任を全部負担させることになることを指摘しておきたい。AIDについて検討すると、私としては、血縁関係の存在が法律上の父子関係を認める必要条件であるという立場はとれないことになる。


 
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